<span>30代と40代は「AI革命」から逃げきれない――2040年を「残酷な未来」にしないために企業が問い直すべきこと </span>

産業革命がブルーカラーの雇用を生み出し、IT革命がホワイトカラーを増やしたように、AIもまた新たな仕事を生むだろう。一方で、定型的なホワイトカラーの仕事は凄まじい勢いでAIに置き換わっていく――。日本共創プラットフォーム(JPiX)会長の冨山和彦氏はそう予想する。2040年を「残酷な未来」でなく「黄金の未来」にするために、私たちは何を手放し、何を磨けばいいのだろうか。

何に対してなら「お金を払いたい」と思えるか

「革命」の時代には必ず、変化を恐れる人たちが現れます。例えば18~19世紀の産業革命のさなか、工場労働者たちが「機械に仕事を奪われる」と信じ機械を破壊するという「ラダイト運動」を起こしました。しかし、結果はと言えば、産業革命はむしろブルーカラーの雇用を増やすことになった。同じように、1990年代半ばからはじまった情報通信革命(IT革命)は、ホワイトカラーの労働需要を世界規模で創出しました。新しいテクノロジーは、既存の仕事を壊すと同時に、それまで存在しなかった仕事を生み出してきたのです。

 私は、AIも同じ文脈で捉えるべきだと思います。AIの登場は人間の「脳の働きの拡張」をもたらす、一種の産業革命です。人々は今後、AIがあることを前提に、新しい価値を生む仕事を作り出していくことになるでしょう。これは人類の歴史が繰り返し証明してきたことなのです。

 例えば、自動車が発明されるまで、タクシーは存在しませんでした。そもそも、個人が車を所有するなど、誰も想像しなかった。高速の移動手段といえば馬で、しかもほんの一部の特権階級だけのものでした。それが大量生産によって「一人一台」が当たり前となり、運転手・修理工・ガソリンスタンドの店員など、それまで存在しなかった仕事が無数に生まれました。

 ただし、今回の“AI革命”には一点、明確な現実があります。それは、デスクワーク系の生成AIが猛烈な勢いで賢くなっていて、定型的なホワイトカラーの仕事のかなりの部分が確実にAIに置き換わるということです。これは議論の余地がありません。「半分が置き換わる」だろう、という予想もありますが、私に言わせれば「半分で済んだらいい」という感覚です。

 なぜなら、これまでのデスクワーク系の仕事や、エンジニアが担ってきたコーディングなどは、AIを使えば誰もが簡単にできるようになってしまうからです。AIにやらせれば同じアウトプットが出てくるものに、誰もお金を払う気にはなりません。極めて安いコストで量産できるものはコモディティ(汎用品)となり、そこには経済的な価値が生まれなくなる。これは自然の摂理です。

 それでは、私たちはこれから何に対してなら「お金を払いたい」と思えるのか。AIがコモディティ化し、平準化された世界において、新たに価値を持つものとはいったい何なのか――。それを真剣に問い続けることこそ、個人にとっても企業にとっても、最も重要な問いだと思います。

年功型終身雇用を「守ろうとする」ことが逆に人を不幸にする

 日本企業の多くは今も「終身雇用モデル」が前提となっています。しかし、経済的にも生産性の観点からも、年功型の終身雇用はすでに意味をなさなくなっています。それではなぜ、時代に合わない制度が生き長らえるのか。問題は、一度できた制度には「自己強化」の性質があるということです。制度はある時点では「特定の状況」を前提に作られますが、その状況が少しずつ変わっても、それに合わせて形を微調整し、抵抗的に生き続けようとするものなのです。

 AIが進化し、ホワイトカラーの仕事をかなりの割合で置き換える時代に、日本の伝統的な終身雇用モデルを守り続けるのが不可能なのは明らかです。仮に守ろうとしても、結局は達成できず、結果的には働く人自身や、社会自体に不幸を招くことになるでしょう。例えば、タクシー業界を守るために規制緩和ができず、ライドシェアの導入が進まずに、社会の利便性を向上できないのと同じ構図です。

 人間の性質として、長く制度の中で生きてきた人ほど制度へのアタッチメント(愛着)が強く、変化を恐れる傾向があります。そして、この傾向は経営者に特に強く見られます。

 しかし、人類の歴史を振り返ってみれば、変化に抵抗してうまくいったケースは一つもありません。賢明な経営者や個人は変化を取り込み、「変化にどう適応すれば飯が食えるか」「どういう仕事であれば人はお金を払ってくれるか」を真剣に考えるものです。

 私が最も心配しているのは、JTC(日本の伝統的大企業)です。大きな組織の仕組みの中で飯を食ってきた人ほど、自分の仕事に「誰がお金を出しているのか」を考えなくなる。特に中間管理職になるとその感覚が薄れ、危険な状態に陥ります。むしろ、現場で働く中小企業のパートさんのほうが、お客さんと直接対峙して物を売るぶん、対価の感覚をずっとリアルに持っています。

 幕末の時代、ただ『論語』を読んでいれば俸給をもらえていた武士が、明治維新が起こりある日突然「もう払えない」と言われ、さて、どうやって金を稼ぐかという問題に直面しましたが、いまJTCの社員が直面しようとしているのは、まさにそんな状況と言えるかもしれません。

 私は日本の経営者にはっきりと言っておきたいことがあります。それは、社員に突然「これからは自分で考えてほしい」「リスキリングプログラムを用意した」と言い出すのは、あまりに無責任だということです。

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