※本稿は「週刊新潮」2009年7月2日号に掲載された特集を元となっています。年齢や肩書は当時のものです。
少年の出会った太宰治は大きくてよく笑う男だった
太宰治さんに初めて会ったのは、僕が小学5年生の秋、太宰さんの師であった作家の井伏鱒二さんとのご縁がきっかけでした。出会いの地は山梨県の御坂峠。
当時、塩山町に住んでいた僕は魚釣りの子供名人で、黒駒川など地元・甲州の川へよく釣りに出かけていました。そこでいつも会うおじさんがいて、ある日「おじさん、なんて名前?」と訊ねると、「井伏鱒二だよ」。「鱒二」という名前からして、いかにも鮨屋のおじさん風でしたので、いつのまにか「この人は石和の鮨屋だ」って子供心に勝手に決め付けてしまっていました。
そして、昭和13(1938)年の9月、いつものように釣りをしていたときに、井伏さんにふと「おじさんは石和に住んでるんだよね」と聞くと、「いや、御坂峠のテッペンにいるんだ」なんて話して、井伏さんはそのまま、僕を家まで連れて行ってくれました。そこには「天下茶屋」という茶店が1軒だけあり、聞けばその2階を借りて住んでいると言う。そして2階に上がってみると、着物姿の大きな男が、畳の部屋でゴロンと横になっている。見た瞬間、少年の直感で「胡散臭い人だな」と。
「おじさん、変な人がいるよ」「この男はね、ダザイ君っていうんだ」「え、ダザイ? おじさんも変な名前だけど、このおじさんも変な名前だねえ」。すると、ダザイという名のその男性が突然ケラケラ笑い出したのです。そのとき僕は、「あれ、この人は笑いん坊だ。いい人かもしれない」。当時、太宰さんは29歳、井伏さんは40歳で、太宰さんはしばらく居候している、ということでした。