都市と農村の不平等が、海外留学を加速させる
40万8069人。日本で学ぶ外国人留学生の総数だ。国籍別に見ると中国人が圧倒的な1位で13万1097人。このうち大学院、学部などの高等教育機関に留学している外国人は26万7895人で、中国人は9万8733人と36.9%を占める(2025年5月1日時点。日本学生支援機構による)。
この数字は年々、上昇しているわけだが、なぜ日本を目指す中国の若者が増えているのだろう。その背景としてよく「中国の受験戦争、就職戦争の激しさ」が挙げられる。「人口が多いので大学や大学院の数に比べて受験者数が非常に多く、国内での進学が難しい」「いい企業に就職するためには海外のいい大学に留学した実績が必要」といった論調だ。しかし、四川省出身で日本の有名私立大学で学んだAさんは「競争が激しいというより、不平等なんです」と言う。
「高考(ガオカオ)という中国の大学入学共通テストがありますが、地域によって各大学に入れる人数の枠が決まっています。合格の基準も違う。北京や上海のような大都市の人は有利なんですが、四川省は難易度が高くて、いい大学に入るのが難しいんです」
これは中国独自の戸籍制度による弊害だ。中国では毛沢東時代にできた農村戸籍と都市戸籍の区分が今も部分的に残っており、出身地によって受けられる公共サービスに大きな違いがある。不動産の購入や公務員などへの就職、保険制度など、さまざまな面で都市戸籍のほうが有利だといわれるが、教育についても同様なのだという。そして戸籍地の変更(とくに大都市への転入)はきわめて難しい。
だから優秀な学生であっても、地方出身の場合は国内のいい大学に進学することが難しい。そこで海外への留学を目指す。
留学できるほどの資金力がない家庭は、高考をクリアすることが目標になる。中国の地方の進学校出身で、日本の有名私大を卒業し、いまは日本の企業で働くBさんは言う。
「私は地元ではいちばんいい高校だったんですが、1学年1600人。でも3年生だけ3000人なんですよ」
高考に落ちた学生が、卒業せずに留年し名義上は高校3年生のまま、翌年に再度トライする。日本の「新卒」と同様、「現役」であることに価値が置かれるからだ。しかも浪人生には現役生よりも高い合格基準が課される。高校のほうも自校の進学率を上げることに躍起で、学生同士の競争意識を煽る。Bさんの高校では「学年ごとにビルが違うんですが、成績が良い学生は上の階、悪い学生は下の階」だったそうだ。成績順位が張り出されたりするのも当たり前だとか。
加熱する受験戦争を後押しするのは、親の過度の期待だ。
広西チワン族自治区出身、大手私立大学で学ぶCさんは「日本に留学するのは“使命”のようなものだった」と話す。
「父は貧しい村の出身で、小学校もあまり行かず、子供のときは字も読めなかった。それでも努力して社会に出て、なんとか生活ができるようになったんです。そんな父は、私には絶対に大学に行ってほしいという強い気持ちがありました。お金もかけるから、とにかく成果を出してほしいと言われ続けていました」
Cさんの話は、どこか日本の高度経済成長期を生きた世代を思い起こさせる。僕の親も同様だった。貧しい農村に生まれ、中学を出ると口減らしのように実家を出されて、集団就職した都会の肉体労働の現場で「金の卵」などと呼ばれながらも汗にまみれて働いた世代。子供にはできるだけ学をつけさせて、ホワイトカラーの職についてほしいという願いが強い層だと思うが、中国の場合は加えて一人っ子政策が長く続いたため、ひとりの子供に両親や祖父母の期待も、プレッシャーも集中する。
しかし中国には「五五分流」という方針がある。中学卒業後の子供を「50%は高校に、50%は職業学校に」と分けていくというものだ。後者は職業訓練を受けてスキルを身につけ、いわゆるブルーカラーの産業を支えることを期待されている。強制というわけではないが、成績が低ければ学校から「職業学校に」という圧もかかるという。
しかし親の思いは逆なのだ。自分たちとは違う、頭脳労働でいい給料を得られる道を、子供たちには歩いてほしい。結果、中学のときから受験競争は激しく、親の教育も厳しくなる。
「でも、私は英語の点数が低かったんです(高考は必須科目のひとつに外国語がある)。そこで外国語の選択を日本語に変えて勉強していました。その日本語の先生に、日本行きを勧められたんです」
Cさんは地方出身という不利もあり、競争の激しい高考ではなく、日本への留学を選んだ。
「もし大学に行けなかったら、社会というより家族から『失敗者』だと思われる。なにも悪いことしていないのに」
Cさんは口調には怒りが含まれていた。