大きく踏み込んだご発言のあった背景
10日の全体会議では(1)「女性皇族が結婚後も皇族の身分を保つ」、(2)「旧宮家の男系男子を養子に迎える」の2案が「了とし、法制化することを求める」とされ、立法府の総意となった。
が、その「総意」では、(1)案について配偶者や子の身分は明記されず、(2)案でも、「必要に応じて一定年数ごとに見直す」などと記されている。
「先だって示された取りまとめ案と同じく、安定的な皇位継承のための方策については『引き続き、検討することについても、付帯決議において確認する』ことを各党会派に要請している。本来論じられるべきテーマは先送りにされ、さらに2案とも細部が詰められないまま総意とされてしまいました」
とは、全国紙デスク。
「『総意』を手渡された高市早苗首相は12日、日本維新の会の藤田文武共同代表と会談。『(自民と維新)両党で制度設計を詰めてほしい』と要請しました。今国会での改正法案成立を目指す政府は、今月中旬に法案骨子を作成し、法案要綱を全体会議で確認したのち下旬には閣議決定。国会へ提出したい考えです」(同)
そんな折、13日には天皇皇后両陛下がオランダ・ベルギー公式訪問へとご出発。これに先立って11日に皇居・宮殿で行なわれた陛下の会見では、ご訪問の抱負とともに皇族数確保の議論についても質問がなされた。
「記者会から『議論の受け止め』について問われた陛下は、『制度にかかわる事項については私から言及することは控えたい』とされながらも、『皇室のあり方や活動の基本は国民の幸福を常に願い、国民と苦楽を共にすること』だと前置きされ、続けて、『こうした皇族数の確保のあり方についての議論においても、国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります』と、お気持ちを述べられたのです」(宮内庁担当記者)
この数時間前、宮内庁の黒田武一郎長官は定例会見で、取りまとめられた総意を陛下に報告したことを明かしつつ、「国民の理解や納得を得られるものとなるよう願われているのではないかと拝察している」と述べていた。その通りのお言葉が、ほどなく陛下ご自身によって発せられたのである。
「たまたま同じ日となりましたが、このフレーズを重ねられたことには陛下の強いご意思を感じます」
とは、さる宮内庁関係者である。
「長官といえども、自ら拝察した陛下のご様子を勝手に述べることはできません。事前に陛下のご承諾が不可欠で、また数時間後に述べられる内容を、陛下はあえて長官の口を借りて事前にアナウンスなさった。それだけお伝えになりたい内容だったということです」
これまで陛下は、皇室制度に関する質問には憲法上の制約から「言及を控える」とだけ述べられるのが常だった。それは2025年のお誕生日会見や、24年の英国ご訪問時の会見でも繰り返されてきたのだが、
「今回は大きく踏み込まれ、くれぐれも『国民の総意』にそぐわないような案にはしないでほしいと、国会や政府に対して念を押された格好です。つまり、現在進行している案が、多くの国民の理解を得られているとは言えない状況を、陛下は十全に把握なさっているわけです」(同)
実際に、5月下旬に毎日新聞が実施した世論調査では、前述の(1)案を支持する人が63%であるのに、(2)案は36%にとどまっている。
「とりわけ養子案は『国論を二分』するどころか、多くの国民がなお懐疑的に捉えていると言えます。宮内庁内でも“一体どうなるのか”といった声が上がるくらいで、皇族方の中でもコンセンサスを得られているとは言い難い。陛下はかねて、喫緊の課題であるはずの『安定的な皇位継承に関する議論』を棚上げし、目先の皇族数確保策のみを急いで成立させようとする国会や政府の姿勢を懸念されていました。事ここに至り、憲法に抵触しないぎりぎりの表現で警鐘を鳴らされたのです」(同)
2004年の有識者会議では「困難」と結論付けられた「養子案」
かつて小泉政権は04年末、将来的な皇族数の減少に備えて「皇室典範に関する有識者会議」を設置。翌年の報告書では、「女性・女系(母系)天皇を認める」「皇位継承順位は男女を問わず第一子を優先」といった内容が取りまとめられるに至った。一方で、旧宮家の養子案については「採用することはきわめて困難」との結論を導いていた。が、06年2月に紀子妃のご懐妊が判明し、この議論は雲散霧消してしまった。
当時、有識者会議の座長を務めた吉川弘之・元東京大学総長が言う。
「私たちは、国民が支持する象徴天皇制を安定して繋げるため、女性天皇や女系天皇を容認するとの結論に達しました。また男系男子の養子については、国民の理解と支持を得ることが難しい、皇籍復帰が第三者からの強制になりかねない、養子となる当事者の意思確認が難しい、などの点から『困難』だとしたのです」
それが今、再び表舞台に登場しているのだが、
「象徴天皇制においては、多くの国民の合意が欠かせないと思います。小泉純一郎首相に報告書を手渡した時、私は『国会で十分に議論してほしい』とお願いしたのですが、その願いが叶ったとは言い難い。陛下もまた“国民の理解がなければ象徴天皇制は存続し得ない”と、お感じになっているのではないでしょうか」(同)
当時、上皇さまをはじめ陛下や秋篠宮さまも「養子案」には決して積極的ではなかったとされる。その後、12年秋には野田政権が、女性皇族が結婚後に当主となって宮家を創設する「女性宮家」創設を検討すべきだ、との論点整理を発表した。
「この案は、長きにわたって皇室の先細りを危ぶまれてきた上皇さまご夫妻の強いご意思によるものでした。その対象として上皇さまは、昭和天皇の系統に連なる愛子さま、眞子さん、佳子さまに限定され、さらに“内親王までとする”とのコンセンサスも、すでに皇室内で得られていたのです」(前出・宮内庁関係者)
が、12年末の政権交代によって発足した安倍政権では“女性・女系天皇への道を開きかねない”との懸念から、女性宮家構想は白紙に戻ってしまったのである。
今回の取りまとめの礎となっている21年の有識者会議の報告書においても、「女性宮家」は具体的方策とされていない。(1)案は、女性宮家とは似て非なるものとして位置づけられているのだ。
「該当する皇族は生身の人間」
先の関係者が続けて、