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Vol. 6

ドローのW杯初戦 巻き起こった「クーマン」批判の背後にオランダの「実力主義」

2026年6月20日


<span>ドローのW杯初戦 巻き起こった「クーマン」批判の背後にオランダの「実力主義」</span>
「合理主義」と「実力主義」の国(katatonia82 / Shutterstock.com)

サッカー・W杯は、4年に1度、世界一の国を決める大会であると同時に、サッカーを通じてさまざまな国を知る万国博覧会でもある。ピッチの上の90分には、技術や戦術だけではなく、その国の考え方や価値観が垣間見えることがある。日本の初戦、オランダとの戦いもそうだった。2-2というスコア、勝ち点1という結果だけでは見えてこないものが、あの試合にはあった。オランダは、あの引き分けをどう受け止めたのか。その問いをたどると、遠い国だと思っていたオランダの輪郭と、日本サッカーが長く受け取ってきたものが見えてくる。オランダサッカーに詳しい、サッカー指導者でアナリストの白井裕之氏に聞いた。(文・大塚一樹)

オランダ目線で見た今回の引き分け

 2度のビハインドをはね返して手に入れた勝ち点1は、早朝の日本列島を大いに沸かせた。中村敬斗の見事なゴール、セットプレーからふたたびの同点弾、強豪相手に怯まなかった日本代表。グループ最大の難敵とされるオランダに常に先行されながら追いついた初戦は、日本にとってたしかな手応えを残すものだった。

 では、対戦国であるオランダは、あの90分をどう見たのか?

 話を聞いたのは、日本人でありながら、名門アヤックスの育成アカデミーや世代別のオランダ代表でアナリストを務めた経験を持つ白井裕之氏。フレンキー・デ・ヨングら現オランダ代表の主軸が育つ現場にいた「日本でもっともオランダサッカーを知る男」に、オランダから見た日本戦を聞いた。

──まず、日本代表との初戦、引き分けたことについて、オランダではどんなふうに受け止められていますか?

「オランダ国内ではロナルド・クーマン監督がかなり批判されていて大変なことになっています。『日本はすごくいいチームだった』『素晴らしい選手がたくさんいた』という論調は多いのですが、それと同じくらいか、それ以上に、『オランダが対処を間違えた』という声が大きいんです」(白井裕之氏、以下同)

──日本が追いついたというより、オランダが自滅した、と。

「オランダ国内の報道を見ても個々のクオリティも高く、戦術理解度のある日本代表の選手が、集中力を切らさず90分プレーし続けたのだから、オランダと言えども厳しかったとは言われています。ただ、やり玉にあがっているのは選手交代を含めた采配ですね。W杯期間中、オランダでは、ダイジェスト番組やハイライトの放送だけではなく、ゲストを招いたサッカー討論番組を毎日かなりの時間放送しています。その討論番組でも、後半のクーマン監督の選手起用と交代の部分を間違えなければ我々が2-1のまま普通に勝てていたよね、という意見が多く出ていました」

──「采配」とは、後半のオランダがリードしていた場面のことですね。

「2-1とリードして迎えた70分に、クーマン監督はティジャニ・ラインデルス、ドニエル・マレン、それに勝ち越し点を決めたばかりのクリセンシオ・サマーフィルまで、一度にベンチに下げてしまった。さらに84分には日本を困らせていたコディ・ガクポも交代させています。つまり、前線で相手の背後を狙えた選手が、次々とピッチから消えてしまったんです」

──リードしている側が守りを固めるのは、よくあることにも思えますが。

「日本が1-1に追いついた場面を見てもわかるように、日本代表は点を取らなければいけない状況になれば、エンジンをかけてプレッシャーをかけ、前への推進力を高めてきます。その状況で、日本の背後に生まれるスペースに走り込める選手を、全員ピッチから下げてしまった。交代で出場し、谷口選手との競り合いでイエローカードをもらっただけで、いいところのなかったメンフィス・デパイに批判が集まっていますが、私は、交代で出た選手たちのパフォーマンス以前に、交代の人選そのものに問題があったと思っています」

──あの場面、あの時間帯はデパイではなかったと。

「デパイは、ボールキープに優れていて、試合を落ち着かせるには良い選手なんです。でも、押し込まれた展開で数10メートルを走って点を取るようなタイプではない。状況と、選んだ選手が合っていなかったわけです。下げたサマーフィルは、イエローカードをもらっていたとはいえ、攻勢に出た日本のDFラインの背後に走れる選手でした。彼を代えるなら、ユスティン・クライファートのような縦に速い選手を入れるべきだった。それなら、相手にボールを持たせても、1発の脅威で押し返せる。ところが、ガクポもマレンもいなくなって、日本の背後へのプレッシャーが完全に消えてしまった。そのうえDFの枚数を増やして逃げ切ろうとしたことも、オランダでは批判の的になっています」

理屈っぽく合理主義の国・オランダ

 逃げ切るために守りを固める。サッカーではありふれた選択に見える。なぜ、それがオランダでそれほど批判されるのか。白井氏の答えは、戦術論であると同時に、オランダ人の「サッカー観」や「気質」に触れるものだった。

「そもそもオランダ人にとって『守る』とは、ゴール前を固めることじゃないんです。自分たちのゴール近くで守ると、それはミスが起きたとき、それが直接失点につながる致命傷になる。だから、そんなリスクは冒したくない。オランダ人は、一番安全なのは『自分たちがボールを持っているとき』だと考えるんです。守って試合をクローズするのではなく、ボールを支配して、相手に攻撃させずに守る。これは、オランダサッカーの礎を築いたヨハン・クライフ以来、連綿と受け継がれてきた考え方です。この哲学を捨てたことが一番ダメだと批判されているんです」

──以前、白井さんへの取材で、オランダサッカーはオランダ人の理屈っぽくて、合理的、個人主義的なところが反映されているというお話を聞きました。質素で、機能を重んじ、議論を好み、理に適わないことには納得しないのがオランダ人の気質だとも。

「オランダの指導者ライセンスの教科書の1ページ目には、『サッカーとは1つのボールを用いて、11人ずつの2つのチームが、2つのゴールに挟まれた制限されたフィールドの中で、ゴールの数を競い合うゲーム』と書かれているんですよ。つまりサッカーの定義から始める。ここがずれていては指導も何もできないという考え方です。一方で日本の指導者講習会で私が『サッカーとは何ですか』と聞くと、『楽しいもの』『生きがい』『情熱』といった‟自分にとってのサッカー”を語る人が多い。オランダでは、強豪クラブの監督から少年サッカーの街クラブのコーチまで、全員が同じ定義で話します」

──逆に日本のように「暗黙の了解」とか「空気を読む」ということが難しい。だから定義する。

「昔、12歳のチームを教えていたとき、ある選手にこう言われたんです。『コーチの練習は、何のためにやっているのか分からない。つまらないから、もう来ない』って。日本では、まず考えられないですよね。でも、説明が曖昧だと、子どもでも細かく突っ込んでくるんです。反対に、こちらの工夫が伝わると『コーチの練習は面白いから明日も来てあげる』となる。初めはなぜ上から目線なのか、とカチンときましたけどね」

クーマン采配を公然と批判した元オランダ代表

 子どもが、コーチに面と向かって「つまらない」と言うのは、日本の感覚からすれば、かなり強い物言いに聞こえる。もちろん、子ども特有の遠慮のなさは万国共通なのかもしれない。だが、白井氏が現地で感じたのは、それが単なる幼さから来るものではない、ということだった。

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