煮え切らない財界総理
アメリカ大統領ドナルド・トランプ(80)がイランと戦闘終結で合意したことを自身のSNSで明らかにしたのは6月14日日曜日夕刻(米東部時間、日本時間では15日月曜日早朝)。米・イスラエル両軍がイラン攻撃を開始した2月末以来、世界経済にのしかかっていたエネルギー危機の重圧が緩和され、中東への原油依存率が9割を超えていた日本でも悲観的な観測が後退。東京株式市場の日経平均株価は15日以降続伸に次ぐ続伸で16日に初の7万円の大台を突破し、22日まで6営業日連続で最高値を更新した。
歓声に包まれたのは株価が急騰した企業や株主の周囲ばかりではない。あらゆる石油化学製品の原料となるナフサ(粗製ガソリン)の供給難で悲鳴を上げていた自動車や住宅資材などの製造業、塗料や接着剤・シンナーなどの不足で作業が滞っていた修理・メンテナンス業界、包装フィルムやペットボトルの価格高騰で窮地に陥っていた食品・飲料メーカーなど、数え上げればキリがないほど多種多様な企業がホルムズ海峡の緊張緩和にホッと胸を撫で下ろした。
だがそんな中、なんとも煮え切らないコメントを発した経済人がいる。「財界総理」と呼ばれる経団連会長のポストに座る筒井義信・日本生命保険特別顧問(72)である。
「ホルムズ海峡における自由で安全な航行の確保を含め、中東地域全体の平和と安定が早期に実現されることを切に希望する」
コメントの日付は6月18日。トランプとイラン大統領マスウード・ペゼシュキアン(71)が戦闘終結の暫定合意書に署名した翌日である。
「まるで“木で鼻を括った”ように素っ気ないし、しかもイランの封鎖やアメリカの逆封鎖で事態が大混乱していた時期に出されたような内容だ。経団連の中は時間が止まっているのか」
財界取材が20年を超えるベテランのジャーナリストはこう訝しむ。
因みに、他の財界首脳の発信内容を見ると、日本商工会議所会頭(三菱商事相談役)の小林健(77)は同じ18日付コメントで「(石油製品の)供給混乱が解消され、通常の経済活動に回帰する重要な契機である」と捉えた上で「過度の円安や為替の乱高下が沈静化し、コスト高に苦しむ中小企業の経営環境が是正されることを強く望む」と日商会員の中核をなす中小企業への配慮を滲ませた。
経済同友会代表幹事(日本アイ・ビー・エム社長)の山口明夫(61)は15日の記者会見で、伝わったばかりのアメリカとイランの戦闘終結合意について「本当にいつなのかと期待していた」と安堵の表情を見せながら「原油やナフサなどの円滑な調達、供給網の障害解消が早期に実現することを期待する」と永田町・霞が関の政官界関係者がデリケートになっているナフサ問題に踏み込んだ。
高市首相の強硬姿勢に「及び腰」
周知のように、2月末にホルムズ海峡が事実上封鎖されて以降、「石油化学のコメ」とも呼ばれているナフサ供給への懸念が国内で相次ぎ浮上。「政権寄り」のNHKを含む多くのメディアが「令和のオイルショック」といった切り口で事態の深刻さを報じてきた。自動車修理工場ではシンナー・塗料・エンジンオイルが不足し、住宅建設現場ではアクリル板などの緊急値上げが業者を直撃したほか、水道工事業者は「塩ビ管が全く市場から消えた」などと訴えていた。
これに対し、政府は「国全体としての供給量は足りており、流通の目詰まりが起きているだけ」との見解に固執。とりわけ、首相の高市早苗(65)は4月4日放送のTBS「報道特集」が「日本は6月に供給が詰む」とした専門家のコメントを引用したことに対し、翌5日付の自身の公式X(旧ツイッター)で「昨日の一部報道番組」が取り上げたナフサ供給懸念は「事実誤認だ」とした上に「最近は事実と全く異なる報道が増え過ぎている」と激しく批判した経緯があった。
実は、経団連会長の筒井が「ナフサ問題で極端に及び腰になった」(財界関係者)のはこうした高市の強硬姿勢が背景にあるといわれている。高市が公式Xで反論した翌6日、筒井は定例記者会見でナフサ供給への不安について問われた際「現在、備蓄の放出、在庫の活用、中東以外からの代替調達により、国内の原油やナフサの供給量確保に支障はないと聞いている」と“ナフサ不足は事実誤認”という高市のXでの発信内容に沿った発言に終始。とはいえ、その中で「本日の会長・副会長会議においても非常に活発な議論が行われ、(ホルムズ海峡封鎖が)長期化した場合の危機感が各副会長から表明された」とナフサの供給不足や先行き懸念の声が経団連首脳陣からも上がり、メディアや専門家の事実誤認でないことを暗に認めてしまうという間の抜けた一面もあった。
会食の要望を無視され続け……
財界最高峰の経団連の周囲には有力業界(鉄鋼や電力、総合商社など)の幹部やマスコミの担当記者らが頻繁に情報交換を行ってきた“伝統”があり、歴代のOBも含めた「財界スズメ」と呼ばれる面々が各業界各企業の人事情報や裏事情、経営者のゴシップなどの噂を流している。そんな財界スズメの間で最近取り沙汰されているのが「筒井経団連の“高市恐怖症”」である。
実は、筒井は2025年10月21日の高市政権発足当初から首相との会食を要望していたが、ずっと無視され続けていた。ようやく今年5月29日に首相官邸のランチに招かれ念願が叶ったものの、前首相の石破茂(69)が筒井の経団連会長就任から1カ月も経たない25年6月26日夜に都内ホテルの日本料理店で会食したのに比べると日時も場所も落差が大きい。高市が筒井との会食の4日後に同友会代表幹事の山口とも首相官邸でランチを共にしていたことから、経団連側には「同友会と“十把一絡げ”にされた」との不満も残ったという。
経団連にとってトラウマになっているのは2012年末に首相に返り咲いた安倍晋三(1954〜2022年)と筒井の4代前の経団連会長だった米倉弘昌(1937〜2018年)との軋轢。持論だった金融緩和論を米倉に「大胆というより無鉄砲」と批判された安倍は徹底的に米倉と経団連を無視し、代わりに縁戚関係にあったウシオ電機会長(当時)の牛尾治朗(1931〜2023年)を通じ同友会人脈を重用した。その安倍を師と仰ぐ高市にも「経団連嫌い」の兆候があると見たのか、筒井以下のスタッフがこぞって官邸を腫れ物扱いしているとの指摘もある。
だが、国を挙げての危機といわれる「令和のオイルショック」に直面している首相に物申せないのでは、財界総理としての存在価値があるとは言い難い。「そもそも生保の経営者にナフサの重要性が直感的に理解できるはずもない」(大手化学メーカー関係者)との冷めた見方も産業界にはある。船出から1年余り、筒井経団連は早くもピンチに陥っている。