<span>「ナフサ依存解消は可能か」生分解性プラスチックと深海の可能性 </span>
しんかい6500の第1557潜航の船外カメラの映像。2019年9月12日相模湾初島沖にて撮影されたもの。写真:海洋研究開発機構

 イラン戦争終結のシナリオが見えず、ナフサの調達をめぐる議論は相変わらず激しい。補助金を用いて価格を抑え、混乱をおさえこむ案も出たが、サプライチェーンが複雑なために有効性を疑う声も大きく、先を見通すのは難しい状況は変わりそうにない。その重要性から「石油化学のコメ」と呼ばれるナフサへの依存を脱却する技術としての代替プラスチック、そして深海に眠る未知の可能性について考えてみたい。

麻薬のようなプラスチックの魅力

 石油化学製品は人類にとって麻薬のようなもの。やめなくちゃ、やめなくちゃ、と頭ではわかっているんです。いつかは尽きる資源ですからね、依存してはいられません。なのに、どうにもこうにもやめられない。なぜなら、石油化学製品はあまりにも低コストで、あまりにも便利だからです。

 原料コストはタダ同然。なにしろ原油からガソリンや軽油を作るときに出る副産物のナフサが原料なのですから。しかもエネルギー業界が作り上げてきた巨大インフラ(パイプラインやタンカー)に便乗できたため、輸送や精製コストも格安でした。経済的にあまりにもオイシイ構造が出来上がっていたのです。

 しかもその性能たるや、まさしく夢の素材でした。プラスチックや合成繊維は、木、綿、ガラス、金属など、天然素材が抱えていた限界をことごとく突破しました。自由自在に成形でき、軽くて耐久性が高く、衛生的で腐らない、錆びない、水を通さない、と何拍子も揃い、一度手にしたら手放せない便利さです。

 その性能のおかげで、食品の長期保存が可能になって世界の飢餓を減らし、医療用の注射器や点滴袋に利用されて衛生環境を劇的に改善して、多くの命を救ってもきました。

深刻な海洋汚染と代替プラスチックの可能性

 しかし今、福音と思われた素材が、一転、われわれの喉元にナイフを突きつけています。「何か大変なことになっているようだ」という認識が広まったのは、気候変動問題と比べて少し遅れました。気候変動は、洪水や猛暑として人々の生活に直接襲いかかってきたのに対し、プラスチック問題は、海のかなたのゴミベルトや、ウミガメの悲劇など、どこか遠い出来事のように思われていた面があるでしょう。気候変動問題への認識が大衆・政治のレベルで大きく変わったのが2000年頃とすると、プラスチック問題はそれより15年ほど遅れて、2015年ぐらいが転換点でした。

 その2015年、Science誌上に、年間800万トンのプラスチックが海に入っているという報告が出て世界に衝撃を与えました。その途方もない量を実感するために、世界中のありとあらゆる海岸線をイメージしてみましょう(それ自体、想像するのも難しいですが……)。その海岸線の1メートルごとに、プラスチック・ゴミで満杯になった30リットルの家庭用ごみ袋が、毎年10袋ずつ海に投げ込まれていることに相当するのです。この警告から10年を経た現在、ゴミ袋は20袋に倍増してしまいました。

 当然、人間の健康への影響が気になりますよね。近年、マイクロ・ナノ・プラスチック粒子(MNP)についても研究が出はじめ、これらの微粒子が有害物質や病原体を吸着して運び屋になるという報告もあります。懸念は広がっていますが、WHOはこれまでの研究を総合的に検討し、現状、人体へのはっきりした悪影響があると言えるほどのエビデンスはないと結論しています。なにか明確に言えるためには、研究手法の標準化をはじめ、まだまだ課題は多そうです。

 しかし少なくとも、MNPを高濃度で摂取すれば、他のさまざまな微粒子と同様の有害性があることはわかっています(慢性閉塞性肺疾患(COPD)や、ナノ粒子であれば細胞核への侵入など)。プラスチック由来の微粒子だけを特別扱いする根拠は弱いですが、予防原則に立つなら、曝露はできるかぎり抑えるに越したことはありません。

 WHOが上記レポートで述べているように、人間の健康ということだけを考えても、環境中に流出する(あるいはすでに流出してしまった)プラスチックを減らす(回収する)とともに、代替材料の開発に取り組む必要があるのは明らかです。

 まず海洋プラスチックの回収です。これに関して紹介したいのは、今から13年前、当時弱冠18歳のオランダの青年ボヤン・スラットが立ち上げた「オーシャン・クリーンナップ」の活動です。発足当時は「無謀な少年の夢」との批判もありましたが、スラットらは数々の困難を執念で乗り越えて、2026年現在、最先端のテクノロジーを駆使した産業規模のオペレーションへと劇的な進化を遂げています(まだ批判も大きかった当時の魅力的な密着取材記事)。

 とはいえ、海岸線1メートルごとに30リットル入りのゴミ袋が毎年20袋も放り込まれている現状では、彼らが1年がかりで命がけで回収する数千トンのプラスチックはわずか数日から数時間で相殺されてしまいます。そこで彼らは、世界で1000の河川で流入を阻止するという2方面作戦をとり、2026年3月の時点で5000万キログラムのプラスチックを捕捉することに成功しています。スラットらは、プラスチックがマイクロ・ナノ化して回収できなくなる前に……と時間との競争に挑み、2040年までに全世界の海洋プラスチックの90パーセント除去を目標としています。

 もうひとつの戦線が代替プラスチックの開発です。言葉の上では矛盾しますが、「代替」プラスチックの研究は、石油プラスチックの出現より前から行われていました。私の世代には昔懐かしい響きのあるセルロイドはその一例です。綿などの植物繊維から作られる硝酸セルロースに、クスノキの木片などから精製される樟脳とアルコールを混ぜ合わせ、熱と圧力を加えて練り上げることで作られるのがセルロイドです。しかし、第二次世界大戦後に石油プラスチックが爆発的に進化すると、代替プラスチックの研究はすっかり日陰の身になってしまいました。今から10年ほど前までは、この分野にはまったくと言っていいほどお金が回らず、「研究者のロマン」とか「環境マニアの道楽」などと言われていました。

 しかし2020年代に入り、潮目は変わりました。各国で石油プラスチックへの規制が厳格化され、民間のESG(環境・社会・ガバナンス)投資の波がやってきたのです。バイオマス、生分解性などの代替プラスチック開発への資金流入が大きく加速し、今から2030年代半ばにかけて、年平均15パーセントから17パーセントの驚異的な成長率を示すだろうとの予測も複数あります。

https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/bioplastics-industry
https://www.researchandmarkets.com/reports/4536161/bioplastics-market-share-analysis-industry
https://www.researchandmarkets.com/reports/5741676/bioplastics-market-report

海でプラスチックが分解されることはあるのか?

 目指すべきは、微生物によって分解されて土に還る「生分解性プラスチック」です。しかし、実際に分解されるためにはコンポストなどの施設が必要で、そのまま海に出てしまえば石油プラスチックとあまり変わりません。現状、そのためのインフラは大きく出遅れています。さらに、プラゴミが最終的に行きつく深海には、そもそも生分解性プラスチックを分解してくれる微生物がいない……と、これまでは考えられていました。

 しかし最近、深海でも生分解性プラスチックが分解されることが東京大学の岩田忠久教授を代表とする研究グループによって、世界で初めて示されました。そればかりか、詳細な解析から、分解能力をもつ微生物が新たにたくさん発見されたのです! しかもそれらの微生物は、世界中の深海に広く存在していることもわかってきました。人間がゴミを持ち込むはるか前から、彼らは深海の環境で独自の進化を遂げ、天然の高分子を食べて生きていたのですね。深海はまさしく、生命の驚異が眠る「かいじゅうたちのいるところ」だったのです。

 石油依存から脱却するための戦いは多方面にわたっています。最初は無謀な夢と言われたり、行き止まりの道に思えたりもするでしょう。それでも不可能を可能にし、さまざまな前線で成し遂げられるブレークスルーが、明日を切り拓いていくはずです。

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