ドキュメンタリー|医療・ウェルネス

甲子園球児でも増加 野球ドクターが解説する「トミー・ジョン手術」神話と現実

2026年8月20日


<span>甲子園球児でも増加 野球ドクターが解説する「トミー・ジョン手術」神話と現実</span>
ある甲子園常連校では、ピッチャーの半数が高校入学前に肘の手術を経験しているという(新潮社)

元メジャーリーグ投手のトミー・ジョン氏が亡くなった。彼の名を冠した肘の靭帯の再建手術が世界で初めておこなわれてから50年以上が経った。実例が積み重なり技術が洗練される一方で、対象が低年齢化し、中には「安易に」メスを入れるようなケースも見られるという。折しもいまは夏の甲子園大会の最中、高校球児にも関わる大きな問題だ。これまで46例のトミー・ジョン手術をおこなってきたスポーツ整形外科医の山田慎医師に、技術面や金銭面も含めた手術の実態について聞いた。

 肘を痛める野球のピッチャーが近年激増しているように見える。そのことをある意味で端的に示すエピソードを、アメリカと日本で聞いた。

・アメリカのとある整形外科クリニック。スポーツ外傷へのケアが売りで、ドクターはいわゆるトミー・ジョン手術もよく手がける。そこを、ハイティーンの少年を連れた上品な夫婦が訪れた。

「先生、この子はピッチャーをやっています。トミー・ジョン手術をしてやってください」

「投げ過ぎて肘を痛めましたか?」

「いえ、もうすぐ高校を卒業してこれから大学で投げます。その前に手術して“強い肘”にしてやりたいんです。この手術をすると、より速い球を投げられるようになるそうですし」

・甲子園にもよく出場する関東の野球強豪校。ある年の春、およそ60人の1年生が入部した。約20人が中学ではピッチャー。

「そのうち10人が、高校入学前に肘にメスを入れていたと聞きました」(野球部OB)

初手術は1974年のLAドジャース

 手のひらを上にして利き腕を前に伸ばしたとき、体に近いほう(小指側)の肘の側面が、投球で特に痛めがちな部位だ。肘関節を覆うように膜状の「靭帯」が、上腕骨と前腕の尺骨をつないでいる。内側側副靭帯(ないそくそくふくじんたい=UCL)と呼ばれるその部位が、投げ過ぎや負荷のかけ過ぎで「断裂」する。もういちどマウンドで投げられるように、自分の体のどこかから「腱(けん)」をとってこの部位に移植し、それが「成熟」して靭帯になるようにするのがUCL再建手術、いわゆる「トミー・ジョン手術」だ。(注1

 この術名は聞いたことがある人が多いだろう。松坂大輔、ダルビッシュ有、大谷翔平など、何人もの日本人メジャーリーガーがアメリカでこの手術を受けた。もとはと言えば、ロサンゼルス・ドジャースのチームドクターだったフランク・ジョーブ博士が、1974年にトミー・ジョン投手に初めてこの術式を試みた。博士自身、成功確率は1%しかないと本人に告げて臨んだ手術だったが、その患者は18カ月半のリハビリを経てメジャーに復帰し、以後164勝をあげた。左肘を痛める前の通算勝利が124勝だったから、大成功の手術となったのだ。そして医師ではなく患者の名前のほうが術名として歴史に刻まれた。

 この第1号の成功のおかげで、トミー・ジョン手術(以下、T J手術)はほかのプレーヤーたちにも広がり、今日では「メジャーの投手のおよそ4人に1人がTJ手術の経験者」だと言われている。「いや、3人に1人だ」と言う専門家もいるほどで、そのトータル数も選手全体に占める割合も増加の一途(投手ほどではないが、メジャーではTJ手術を受ける野手も少なくない)。そしていまでは日本のスポーツ整形外科医たちもこの手術を手がけるようになった。野球大国のアメリカと日本で、プロからアマまでTJ手術は広まり、そして冒頭のエピソードのように、患者の低年齢化と過度の拡大とも見えるような状況が進んでいる。

「大谷翔平は手術で球速アップ」は本当か

 UCLの断裂が投手生命にかなり致命的な影響を及ぼすことは間違いない。その状態に追い込まれた投手たちを「キャリア・エンディング・インジャリー」から救うひとつの有力手段がTJ手術であることも論をまたない。そのおかげで投手生命が延びたプロ野球選手や、プロに進む夢を実現できた若者も多い。ただ、いま国内外でおこなわれているすべてのTJ手術(あるいは投球障害肘・肘靱帯関連手術)が、「それしか選択肢がない」ものだったかには、異論をはさむ余地がある。TJ手術という「駆け込み寺」があることで、逆に、常日頃のトレーニングメニューの組み方や、練習・試合後のケア、なにより投手起用の仕方などがおろそかになっている部分があるとしたら、それはこれから野球選手を目指す子どもたちのお手本にはならない。TJ手術の現場も含めこのテーマを取材しようと思い立ったのは、そういう問題意識からだった。

 その問題意識に共鳴してくれたのが山田慎医師だった。山田医師は、日本有数の民間病院である亀田総合病院(千葉県鴨川市)にスポーツ整形外科医として勤務するかたわら、東京・中野の山田クリニックでも、多くのプロ、大学、高校、そしてそれより年少の野球選手たちを診ている「野球ドクター」だ。東北楽天ゴールデンイーグルスのチームドクターでもある。楽天の選手にはまだTJ手術をおこなっていないが、それ以外のプロからアマチュアまでの選手のTJ手術を2015年から現在まで46例執刀している。特に2024年以降は紹介症例の増加に伴い手術件数が約30と急増している。ただし、その問題意識は「TJイケイケどんどん」ではないと、こう語る。

「TJは、受ける側にほとんど情報がありません。特にアマチュア選手。よくわからないままに手術を受けているケースも少なからずあり、極端な場合、TJではなく保存治療(注2)でよかったかもしれないというケースもある。

 そのため、いわば都市伝説のようなものも蔓延しています。典型的なのが『TJを受けたら球速がアップする』というものです。私は、そうしたエビデンスのない都市伝説的な誤解を解いて、ほんとうに必要な選手にTJ手術がしてやれるようにしたいと考えています。

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