特別に許可を得て手術現場を取材
千葉・鴨川の亀田総合病院は、3,000人が働く、ちょっとした街だ。コロナの際には中国・武漢から戻った日本人のケアも担った地域の基幹病院で、日本でいちばん多くの手術を手がけている病院のひとつでもある。診療部門にはスポーツ医学科があり、地域の少年野球選手らを啓発・ケアする活動にも携わっているそうだ。
今年の2月5日、その25番手術室に、手術着に着替えて入室した。すでに全身麻酔を施された患者が手術台に寝ている。大学野球で投手として活躍し、春からは社会人のクラブチームへの所属が決まっているU選手だ。広い手術室には、執刀医の山田慎医師、他病院から見学を兼ねてサポートに入る2医師、麻酔医、そして採取した腱から移植用の靭帯を作る医師と、ドクターだけで5人。ほかに麻酔、器械出し、記録などを担当する看護師を含め、総勢11人がこの部屋にいて、さらに検体を運ぶ看護師などが頻繁に出入りする。チームの人数だけとっても、本格的な手術だ。
サポートの2医師のうち、ある国立大学病院の医師は、まだトミー・ジョン手術(以下、TJ手術)の執刀経験がないという。「一子相伝の技じゃないからさ」と手術台脇の山田医師がジョークを飛ばした。自分の積み重ねた経験をスポーツ整形外科医の仲間たちに共有するため、こうしてサポート医を入れたり、逆に他病院でサポートに入ったりもするのだという。
午前9時7分、右膝からの腱採取のための消毒が始まる。TJの場合、移植用の腱は、肘と同じ側の腕の「長掌筋腱(ちょうしょうきんけん)」をとることが多い。手の親指と小指をくっつけたとき、手首の内側に筋状に浮き上がるのが長掌筋腱だ。いくつか理由があって、山田医師は長掌筋腱ではなく同側の膝の内側からとっている。(注1)
5分後、並行して右肘の手術部位の消毒が始まる。皮膚常在菌の感染などが起こらないよう、細心の注意が払われる。声に出しての確認も多い。山田医師が肘の内側に◯を描いたり線を引いたりして、マーキングしていく。その線に直角に交差する短い線が何本か引かれる。地図の線路のようだ。
9時23分、局所麻酔が打たれ、いよいよ手術開始だ。右膝内側にメスが入り、山田医師が薄筋腱を探し、体外に引っ張り出す。白いヒモのようだ。それを切り取って靭帯作成担当の医師に渡す。ここまでおよそ5分。生理食塩水で慎重に乾燥を防ぎながら、付着している肉片を剥がし、肘に入れるのに適した太さと長さに腱を調整していく。立会いに入っていた加藤有紀医師(関節機能再建センター長)が「腱をねじっちゃダメ!」と声をかける。ここで少しでも腱にストレスをかけると、移植後に切れやすくなるからだ。
手術開始から6分半、肘にメスが入る。術創は約10センチ。並行して膝の縫合が始まる。山田医師は血管や神経を痛めないよう細心の注意を払っている。細いチューブのような尺骨神経を露出・アイソレートさせ、目印となる黄色いヒモを数本、輪っかにして神経に巻く。手術中、神経の存在が一目でわかるようにするためだ。「投球レベルを回復させるために手術をするのに、神経にダメージを与えては元も子もないですからね」(山田医師)
患者のU選手の場合、靭帯断裂に加え尺骨神経の絞扼(こうやく=筋肉による圧迫)も起こって投球に影響していたので、その圧迫から解放する処置もこの段階で施された。
開始から33分あまり経つと、肘の屈筋群があらわになる。屈筋を繊維の方向に切開しながら、骨に迫っていく。10分ほどで上腕骨と肘関節が見えるようになる。ここからが、より大変なところだ。滅菌処理された食事用スプーン(大さじ=経験から、医療器具よりこちらが適しているという)で尺骨神経を守りながら、電動ドリルで上腕骨に孔(トンネル)を開ける。その回転の摩擦熱で骨に悪影響が及ばないよう、時おり生理食塩水を術部に注いで冷ます。