ドキュメンタリー|医療・ウェルネス

「トミー・ジョン手術があるから無理してもいい」は違う 子どもたちに知ってほしい「甲子園だけが野球ではない」こと

2026年8月22日


<span>「トミー・ジョン手術があるから無理してもいい」は違う 子どもたちに知ってほしい「甲子園だけが野球ではない」こと</span>
2月、沖縄キャンプでの楽天の選手たち(撮影・齊藤みほ)

トミー・ジョン手術や人工靭帯を使った治療は、肘を痛めたピッチャーにとって万能の「駆け込み寺」ではない。あくまで「最後の切り札」だと山田慎医師は強調する。今回は東北楽天ゴールデンイーグルスの蒔田大毅コンディショニング部長に、プロの投手がたどる術後の復帰プランを聞いた。その上で、少しでも長く野球を楽しむために少年少女が「いま知るべき・やるべきこと」8項目を山田医師が提言する。

「人工靭帯=早期復帰」というエビデンスはまだない

 いま、「トミー・ジョン神話」は、「人工靭帯神話」へと変身を遂げようとしている。ここまで紹介してきたように、人工靭帯(インターナル・ブレース)の優秀性が、確固としたデータもなく喧伝され、専門医による術式の選択も、一部でそちらに流れる気配があるからだ。

 人工靭帯は、たしかに優秀なのかもしれない。しかし、どんな肘の状態にもそれが「いちばん合う(適応する)」と断言することができるのだろうか?

 山田医師らは、「UCL(肘内側側副靭帯)断裂に対する主な手術法」と題するエビデンスリサーチをおこなった。PubMedと呼ばれる医学論文データベースに検索をかけ、最終的に34編の文献をレビューの対象とした。すべてが英語論文である。たった34編かと早合点してはいけない。各論文はそれぞれ多くの術例を扱ったもので、対象患者数も数十人から数千人、最も多いものは2万7,000人を超えている。数多くの肘靭帯関連手術をおこなってきたアメリカならではの蓄積がそこにはあるのだ。(注1

 詳細は、いずれ山田医師らのグループが学会発表するかと思われるが、ここでは前稿でも取り上げた代表的な3術式を比較した概要を紹介したい。

 まず、RTP(競技復帰)率、RTSP(もとの競技レベルへの復帰)率、失敗率から見よう。

①トミー・ジョン手術:RTP率85〜95%、RTSP率80〜90%、失敗率4〜8%

②靭帯修復+人工靭帯補強:RTP率91〜96%、RTSP率=高率と報告される、失敗率1%前後

③ハイブリッド靭帯再建術:RTP率=不明(十分な臨床データなし)、RTSP率=不明(同前)、失敗率=不明(同前)
 

 フランク・ジョーブ博士が史上初となるトミー・ジョン投手の手術に際し「成功確率は1%」と言ったことから考えると、①②ともにかなりの好成績だと言えよう。特に②の良さが目立つが、それは「RTP(復帰)までの期間」を見れば、さらに良くなる。①の「9〜15カ月」に対し、②は「3.8〜7.4カ月」と、およそ半分以下に短くなるからだ。「人工靭帯は復帰までが早い」という説の根拠は、おもにここにあるだろう。ただし、②は適応が限定されるということを忘れてはいけない。

 「②は、もとの靭帯を活用します。断裂箇所を縫合して戻し、それが治るまでのギプス(=ブレース)がわりに人工靭帯を使うわけです。この術式が適応になるのは『断裂の仕方がよかった場合』。断裂が軽度で修復可能なケースに限ります。長いこと投げてきて慢性的に壊れた選手の肘には使えません。つまり、この手術ができるのは若い選手たちが多いということ。高校生や大学生のうちの手術が多いと思われます」(山田医師)

 現段階では、そこを忘れて「人工靭帯=早期復帰」を唱えてしまうと、それこそ都市伝説を生むことになってしまうので、注意が必要だ。

 では、もうひとつの人工靭帯使用手術である③のハイブリッドはどう見ればいいのか。アメリカの医療現場では急速に普及している。しかしながら、上記のようにデータ不足だ。ただし、生体力学研究と呼ばれる角度から見ると、初期強度が3種の手術で最も高い(①より②が、②より③が高い)という結果になっている。すなわち、③が「強い再建」だと言える可能性は高い。

 しかし、「強い」イコール「早く復帰できる」かは、まだ証明されていない。生体力学的な「強固さ」とは、初期段階の固定力であり、靭帯が生物学的に生着したあとの固定力はわからないのだ。つまり、臨床的に優れているかは、まだ何とも言えないということになる。(注2

 まとめると、③のハイブリッド再建は、生体力学的には「有望」であるものの、「復帰が早い」「再断裂が少ない」「再手術の可能性が低い」などは、まだ言えない。したがって、この手術を受けた選手の復帰スケジュールを考えるに際しては、急がず、①のトミー・ジョン手術(以下、TJ手術)と同じように慎重に進めることが必要になる。

 ゆめゆめ、どちらも人工靭帯を使う②と③を混同して、③も②と同じようにTJ手術より復帰が早いと即断しないようにすべきだろう。

手術後の長い長い道のり

 麻酔が醒める。利き腕は装具を着けて固定され、動かせないようになっている。日が経つにつれ装具の締め付けは緩められ、少しずつ、恐る恐る動かせるようになっていく。そこから短い距離のキャッチボールまでの時間も長い。次第に距離を伸ばし強度を高め、もとのように野球ボールが放れる状態を目指す。TJ手術の後、再びマウンドに立って全力投球ができるまでの平均値は、アメリカで約16カ月半だ。

 「移植した靭帯は、いったん血流がなくなってしまうので、最初はとても弱いんです。約4カ月経つまでは弱くなる一方。そこからようやく血流が出てきて、今度は強くなり始める。スローイング再開も、やはり4カ月経ってからです」(山田医師)

 山田医師は、こうしたことを患者に詳しく伝えるという。

 「まず自分の体に起こっていることをしっかり意識してほしいからです。医師にやってもらうだけの受け身の治療では、本人の治癒力も高まらない。なぜその段階でこういうリハビリをやるのか、理由を知った上で取り組んでもらいたいのです」

 スローイングと言っても、いきなりボールを投げるわけではない。シャドーピッチング、タオルスロー、ネットスローなど、だんだん強度を上げていき、手術からだいたい半年でキャッチボールを始める。とはいえ出力は50%以下。40メートル以上のキャッチボールにいくまで9カ月かけるという。

 「投球の際に肘関節にかかる外反ストレスを、『三つの壁』が制動しています。いちばんが骨、次が靭帯、三番目が筋肉です。その三つの合わせ技で外反の不安定性を抑え込んでいます。移植靭帯が成熟過程にあるなら、そこを守りつつ、第三の壁である筋肉を徹底的に強化するのが、リハビリのもうひとつのアプローチです。特に前腕の、靭帯の真上についている指を動かす筋肉、こぶしをグッと握る筋肉を鍛えてやる。この筋肉の持久力を鍛えてやると、肘の関節の隙間が閉じ気味で投げられるので、靭帯への負担があまりこないんです」

 こうしたリハビリプロセスは、山田医師のエクセル表に時系列で詳細に記されており、それをもとに患者は理学療法士や所属チームのトレーナーらと相談しながら長い復帰への道のりを歩む。おそらく日本の各医療機関のスポーツ整形外科医も、山田医師とまったく同じではなくても、同様の基本スケジュールを作成していて、患者である選手に伝達しているはずだ。それをしっかり理解・把握してリハビリや復帰に向けたトレーニングに臨むことが、選手にとっては、より早めの復帰や、手術前に近いパフォーマンスの発揮、すなわち球速の回復につながる近道だ。

楽天イーグルスのトレーナーが語る「復帰プラン」

 実際にプロ球団では、どのような復帰プロセスを選手たちがたどっているのだろうか。2026年2月、沖縄でキャンプを張る東北楽天ゴールデンイーグルスの蒔田大毅コンディショニング部長を訪ね、話を聞いた。蒔田さんはトレーナー歴22年のベテランだ。

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