<span>「丸紅」14人抜き“カリスマ社長”の素顔と「住友商事」ニッケル巨大事業撤退の吉凶</span>
丸紅の大本晶之社長

リーダーが代われば組織も大きく変化する。そのことは伊藤忠商事の岡藤正広会長の例が証明しているが、昨年、「14人抜き」で新たな社長が就任した丸紅の場合はどうか。また、新社長のもと、長年の懸案だったニッケル巨大事業からの撤退を決めた住友商事は――。

ハーバード・ビジネス・スクールで学んだ「やり手社長」

 伊藤忠商事と丸紅は、ともに近江商人の伊藤忠兵衛を始祖とする兄弟会社だ。その両社のトップに目下、全く違うタイプの「強いリーダー」が就いているのは興味深い事実と言えよう。伊藤忠を率いるのは、会長最高経営責任者(CEO)の岡藤正広氏(76)。一方の丸紅の社長を務めるのは、昨年、副社長や専務執行役員らを「14人抜き」する異例の抜擢人事でその座に就いた大本晶之氏(56)だ。

「岡藤さんと大本さんは、どちらもトップダウンでカリスマ性のあるリーダーではあるけれど、根本的には違うタイプの経営者と言えると思います」

 と、丸紅の現役社員。

「大本さんはかつて社員向けの挨拶で僕たちに『丸紅という社名に事業内容を規定する文字は入っていない』と話しました。伊藤忠“商事”、三井“物産”のような文字は丸紅にはない、と。『だからこそ総合商社という枠にとらわれず、いろいろな業種に挑戦していこう』と社長は言っていました」

 それと対極をなすのが、「商人は水であれ」を標語として掲げ、「自分たちは商人である」というルーツに強い自負を持つ岡藤氏だ。

「岡藤さんがバンカラで百戦錬磨の大阪の商人なら、大本さんは、総合商社の枠を超えて世界と肩を並べたい、物静かなやり手という感じです。根が同じ伊藤忠と丸紅ですが、二人のトップの対比は面白いです」(同)

 総合商社の専門誌『週刊ブレーンズ』編集長の小淵良樹氏はこう話す。

「トップ就任後、大本氏は投資案件について『私が納得できないものは全て削る』と投資規律の徹底を自ら主導し、実際に経営会議に上程された案件を差し戻すなど、事業計画の検証においても妥協を許さない姿勢を貫いています」

 加えて、今年度からは執行体制の強化にも着手。

「投資の初期検討段階から『勝ち筋』の仮説を検証する『勝ち筋セッション』を新設するとともに、社長直下に『バリュークリエーションオフィス』を設置し、勝ち筋をグループ全体に伝播させる体制を整えました」(同)

 こうした姿勢は市場からも一定の評価を受けており、丸紅は中期経営戦略『GC2027』で掲げた目標、時価総額10兆円を前倒しで達成。さらに、世界100位圏内の企業価値(2026年3月末時点で世界100位企業の時価総額は約26兆円)を目指す長期目標も打ち出している。

「背景にあるのが、バークシャー・ハサウェイやダナハーといった世界の卓越企業群をベンチマークにし、総合商社の枠組みを超える価値創造企業グループへの進化を目指すという考え方です。ハーバード・ビジネス・スクールで学んだ大本さんは、世界基準で企業価値を追求する発想を持ち、既存の業界の枠組みにとらわれない経営を志向しているのだと思います」(同)

一時は「完全に終わった商社」と言われるまでに転落

 ちなみに、大本氏の社長就任後、社内の雰囲気には変化が生じているという。

「重視するKPI(重要業績評価指標)が社内で明確に共有されており、その達成に向けた進捗管理も徹底され、組織全体に適度な緊張感が浸透していると聞いています。25年5月からは、社員用エレベーターのモニターに自社の株価や時価総額が表示されるようになり、経営目標や企業価値を社員が日常的に意識できる取り組みも進めています」(同)

 丸紅の若手社員が話す。

「大本さんは、トップダウンで明確なメッセージを出すのが上手いんです。代表的なのは昨年度だと『時価総額10兆円』、今年度は『キャッシュフローの改善』でした。しかも、彼は同じキーワードを何度も継続して言い続け、社員に刷り込むのにも長けている。人間は何度も言って刷り込まないと忘れてしまう、ということが分かっているのでしょう」

 年度始めなどの社長挨拶の際も、日頃の感謝のような形式的な前置きはとにかく短く、すぐに経営課題などの厳しい指摘に入る。

「彼一流の『さらなる高み』『世界の卓越企業群』といった単語を織り交ぜながら、指標となる特定のキーワードを繰り返し、会社の方向性を示すのです。昨年度は『戦略プラットフォーム型事業』、略して『戦P(せんぴー)』という、大本さんが独自に唱えだした理念も一つのキーワードだったのですが、大本さんは挨拶などの際『戦P、戦P』と繰り返していました」(同)

 実際、すでに社員の間に「戦P」は浸透している。

「社員も、大本さんの言う『戦P』に当てはまる事業に投資判断が下りるんだな、というふうに勝手になってくるんです。反復によって、トップダウンで理念を刷り込むという意味では、軍隊的と言えるかもしれません。ちなみに最近大本さんが言い始めた新たなキーワードは『リーン(lean)な本社』。引き締まった、贅肉のない本社という意味です」(同)

 総合商社の枠を超え、世界を目指す丸紅。そんな同社に、“終わった商社”と言われた時代があったことをご存じだろうか。

「丸紅は1970年代前半にかけては、三菱商事、三井物産と並んでスリーMと呼ばれたものの、2000年代には業界内で『完全に終わった商社』と言われるまでに転落しました」

『経済界』編集局長の関慎夫(のりお)氏はそう語る。

「まず70年代にロッキード事件の『丸紅ルート』への関与が発覚したことで、社会的信用が失墜し業績は急落した。その後、90年代に鳥海巖という社長の下、組織改革やインドネシアの石油権益拡大を通じて徐々に業績を伸ばしたもののその勢いは続かず、バブル崩壊後は不良債権処理の遅れなどによって倒産の危機に直面したこともありました」

 丸紅の現役社員(前出)もこう語る。

「丸紅が存続の危機に瀕していた頃の話は、社内では今も語り草になっています。昨年、丸紅の顧問が当時のことを振り返って綴ったレポートが社内報に掲載され、若い社員も当時のことを認識するようになりました」

 件のレポートには01年11月8日、2390億円の特別損失を計上する大リストラプラン「A PLAN」が発表される前後のことが記されている。

〈01年3月末の純資産(会社の体力)3423億円に対して△2390億円という巨額の損失を突然発表したことが社内外に大きなサプライズを与え、発表直後から2年程度に亙り当社を存亡の危機に陥れることになりました〉(レポートより。以下同)

 当然、マーケットには激震が走り、

〈株価の下落は止まるところを知らず、発表翌月の12月19日にはザラ場(取引時間中の株価)で58円まで下落しました。/また外資系格付会社S&Pによる当社の信用格付けも、「BBBマイナス」という投資適格の格付けから、投資不適格の「BB」に落とされました(その後更に「B」まで落ちることになります)。/市場(マーケット)の見方は「丸紅は破綻する可能性が大いにある」というものであったと思います〉

 ビジネス誌の「倒産危険30社リスト」にも掲載され、一部の銀行は資金の回収に走った。

〈回収に走った銀行については、個別に色々と要求されて徹夜で準備した資料を先方からその場で投げ返されたり、当社の担当者が、追い込まれた状況の中で土下座までして頼んだという事実もありました〉

 そうした「暗黒の時期」を経た上で、「A PLAN」発表の翌年度に303億円の連結純利益を計上したことなどが市場の安心感につながり、何とか丸紅は生きながらえた。

累計で4000億円の損失を計上する住友商事の「大きな経営課題」

 先の小淵氏が言う。

「近年の丸紅の成長を語る上で、柿木(かきのき)真澄前社長が進めた経営改革は欠かせません。19年の社長就任後、新型コロナウイルス感染拡大を契機に保有資産を徹底的に見直し、大規模な減損処理を断行しました。その後、米穀物大手ガビロンなど低採算事業の売却も進め、財務体質の強化を図るとともに、収益性を重視した事業ポートフォリオへの転換を実現しました。こうした一連の改革を通じ、利益水準は従来の2200億~2300億円規模から5000億円レベルへと飛躍的に拡大しました。現在では、その強固な財務基盤を背景に、成長投資を積極化する局面へと移っています」

 この成長を受け、柿木氏は24年度第2四半期のアナリスト説明会で「この水準に相応しい投資を行うチャレンジをしなくてはならない」と述べ、「ギアチェンジ」をして、丸紅がこれまでにない案件にも挑戦することの必要性を宣言した。

「おそらく、『これまでにない案件』に挑戦し、丸紅の『ギアチェンジ』を牽引するのに最適だったのが、他ならぬ『次世代事業開発本部』の初代本部長として実績のあった大本さんだったということでしょう」

 と、小淵氏。

「『14人抜き』で55歳という若さで経営トップに就任した大本さんの抜擢人事は、社内外で大きな反響を呼びました。一度丸紅を離れ、マッキンゼーでの経験を経て復帰したというキャリアも含め、実績や能力を重視した実力本位の人事だったといえるでしょう」

 一方、24年4月に社長が交代したものの、世代交代が進まなかったのが住友商事である。

「現社長の上野真吾氏は、先代の兵頭誠之氏と同い年で、非常に仲が良いことは業界では有名。『仲間内で後継を選んでいるのではないか』『体制の変化を恐れているのではないか』という批判が社内外から出ています」(商社関係者)

 小淵氏はこう話す。

「上野さんは自身の性格について『人との会話を大事にしており、役職にこだわらずいろんな人と議論してきた』と語っており、これまで社内の体制やプロジェクトにじっくりと耳を傾けてきた人物と言えます。就任会見では、『私なら臆せず改革を進められる』と発言していました」

 近年、住友商事では大型の投資や資産の入れ替えが進められている。例えば、マダガスカルのニッケル事業「アンバトビー」からの撤退や、システム開発大手「SCSK」の完全子会社化、米航空機リース「Air Lease Corporation」の買収などだ。

「社長就任に先立ち上野さんは、兵頭前社長(現会長)が成した構造改革の成果を基盤としつつ、『住友商事を次のステージへ進化させる』『聖域なき変革を実行し、No.1事業群を実現する』と、さらなる改革への強い決意を示しました。その姿勢を体現する施策の一つが、事業ポートフォリオの変革です。なかでも05年に住友商事が参画したアンバトビーニッケル事業は、累計で4000億円規模の損失を計上するなど、大きな経営課題となっていました」(同)

 しかし、業界関係者や市場からは、「撤退は容易ではない」と見られていた。

「アンバトビーは、今やマダガスカルの雇用や外貨収入を支える基幹産業になっており、単純に採算だけで撤退を判断できる事業ではありませんでした」(同)

 加えて、住友商事には「自利利他公私一如」という、自社の利益だけでなく国や社会の利益との調和を重視する住友グループの事業精神が根付いている。

「アンバトビー事業の今後を判断するに当たっては、経済合理性だけでなく、企業としての責任も踏まえて慎重に判断する必要がありました。仮に撤退を決断したとしても、事業の継続性を担保できる能力を備えた買い手を見つけるのは容易ではなく、これほど大規模で課題も抱えていた事業では撤退のハードルは極めて高かったといえます」(同)

安定的な利益をもたらす可能性を秘めていたニッケル事業

 こうした状況の中、同社は24年3月期にアンバトビーの実質全損処理を行った上で、売却を含むあらゆる選択肢を検討する方針を示した。

「その後は操業の安定化や採算改善に取り組み、買い手が円滑に事業を引き継げる基盤を整備しました。最終的には、ニッケル事業に関する技術力や知見を有し、同事業の運営実績のある人材を擁する投資コンソーシアムを譲渡先に選び、事業の継続性にも配慮した『責任ある撤退』を実現したのです。売却の完了は26年9月末までを見込んでいます」(同)

 業界関係者を驚かせることになったニッケル巨大事業からの撤退。

「責任を果たしつつ資産効率向上にも道筋をつけた今回の判断は、住友商事らしいポートフォリオ改革であるとして、発表後の急激な株価上昇にもつながりました」(同)

 住友商事OBで『商社のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書』(技術評論社)の著者、治良(はるなが)博史氏は、「アンバトビー」からの撤退の背景について、

「コロナウイルスの影響で、マダガスカルで外出規制が行われたり、設備の不具合などで十分な操業ができなかったことから、23年度の決算では約900億円もの大きな減損を計上することになりました。収益の柱となるべき主力事業が一転、不採算事業になってしまったのです」

 と解説した上で、

「年間5万トンという世界最大級のニッケルの生産を目指すこのプロジェクトについて、90年代に僕が最初に聞いた時は、とても興奮したのを覚えています。『ニッケルなんて、うちの会社もええとこに目を付けたな!』と。社内全体を見渡しても、『これはいいビジネスやな!』といったある種の高揚感があったように思います」

 全世界的にみて今後、鉄の需要がなくなるということはあり得ない。その鉄を頑丈にするために必要不可欠な金属こそがニッケルだ。

「鉄と混ぜてニッケル鉄合金としたり、鋼を生成するための触媒として、ニッケルは替えが利かないのです。世界的な人口増加が続き、各国でインフラ整備や交通網が発展し続けることを考えれば、ニッケルの生産が住友商事に少なくとも何百億円という利益を安定的にもたらす可能性があったことは間違いありません」(同)

 無論、短期的に見ればニッケルの価格が下落することもあるし、アンバトビーのように操業が上手くいかないこともある。

「しかし、そもそもアンバトビーのニッケル事業は、数十年、数百年という長期的なスパンでの安定需要を見越して始めたビジネス。軌道に乗るまでに多少は躓くリスクは織り込み済みだったはずです。実際、始まった当時は『これは息の長いビジネスや』『30年は走り続ける体力がいる』という認識が社員の間でも共有されていました」(同)

100年先を見据えて事業を育てていく精神

 だからこそ、治良氏は今年5月、住友商事がアンバトビーからの撤退を発表した時には、

「経営陣の判断に呆れるしかありませんでした。『いかに経営指標が大事でも、これはさすがに場当たり的やろ』と。おそらく、コロナショックが原因で生じた短期的な赤字を恐れるあまり、短期志向に陥ったのでしょう。経営陣には、ニッケル事業の長期的なポテンシャルを客観的に評価できていたのか、商社マンとしての芯はあるのか、と問いたいですね」

 これは住友商事のみに限った話ではない。

「経営陣が目先の経営指標に囚われて、短期志向に陥るのは、どの総合商社にも起こり得ることです。特に、事業投資型のビジネスが総合商社の主体となった今、投下した資本でどれだけ効率良く収益を生み出したかの指標である『ROE』は、経営陣にとって自身の出世にもシビアに関わってくる数字になります」(同)

 しかし、目先の指標に振り回されるのは、本来の商社のあるべき姿ではない、と治良氏は言う。

「特に住友には、住友本家から代々受け継がれてきた『事業百年の計』という考え方があります。昔の住友のリーダーは目先の利益には囚われず、すぐに結果が出なくても、100年先を見据えて事業を育てていくという精神を持って商売に臨んできたのです。ROE、ROA、ROIC……短期的な経営指標に振り回される最近のありようには、本来の理念はどこに行った、と言わざるを得ません」

 この連載の第1回でご紹介した通り、米著名投資家ウォーレン・バフェット氏が率いてきた投資会社「バークシャー・ハサウェイ」は日本の総合商社の収益力を高く評価。5大商社の株について、「今後50年は売却を考えない」と長期保有の姿勢を明言している。

「それも、目先のROEではなく、歴史に裏付けられた、総合商社の長期的な成長性を評価しているからこそでしょう」

 と、治良氏は分析する。

「商社がこれまで成長を続けられてきたのは、長期的な視点を持ち、100年後も価値を生み続ける事業に投資し、経営に携わってきたからです。だからこそ、これからも総合商社は、たとえ収益の効率性を求められる時代になったとしても、事業の長期的な成長性を、理念も含めて株主に対して堂々と説明すれば良いと思うのです」

 長期にわたって資源・エネルギー分野の巨大な権益を確保し続ける三菱商事と三井物産。新たに資源分野に乗り出そうとしている伊藤忠商事。投資先や資産の入れ替えを進める丸紅と住友商事。今後、5大商社の勢力図はどう推移するだろうか。

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