無保険の車が隣を走っていたら平気でいられるか
車の運転手は「自分は事故を起こさない」と信じている。だが、安全運転に自信があり、車の整備をしていても、事故は本人の確信とは関係なく起きる。その時、損害を受けるのは運転手だけではない。衝突した相手がいるし、道路を塞がれ、先へ進めなくなる人もいる。
いま、日本のデジタル社会で、同じことが起きている。
トレンドマイクロの集計では、2025年に国内で公表されたセキュリティインシデントは559件。1日平均1.5件で、しかも公表された事案だけだ(※1)。
それでも、日本の中小企業でサイバー保険に加入しているのは1割未満。裏を返せば、9割を超える企業が、サイバー攻撃被害(サイバー事故)に対する保険を持たないまま、サプライチェーンという同じ産業道路を走っている(※2)。
「自分の会社は狙われない」「セキュリティ対策はしている」「事故が起きてから考えればよい」。そう考える経営者もいるだろう。しかし、サイバー攻撃を受けるのは一社でも、影響は一社で終わらない。受発注、物流、決済、顧客対応。停止は取引網の先へ広がっていく。
無保険の車の運転手も、事故を起こすつもりで走ってはいない。サイバー保険は、被害企業を救うだけの金融商品ではなく、連鎖事故を食い止めるデジタル社会の自動車保険である。
大企業では約6割が加入済み
日本損害保険協会の2025年調査によれば、中小企業のサイバー保険加入率は8.8%だった。2021年の4.1%から倍増したとはいえ、なお9割以上が無保険である。同じ調査で、火災保険の加入率は58.6%。差は約50ポイントに及ぶ(※2)。
火災には備えるが、サイバー事故への備えは後回しにする。この差は、リスクの「見え方」の差でもある。火は煙が見え、焼け跡が残る。サイバー事故は、建物も設備も残したまま、会社の機能だけを止める。見えにくいから、経営者は発生確率も被害も過小評価しやすい。
だが、冒頭で述べたように、サイバー事故の被害の広がり方は火災より自動車事故に近い。巻き込まれる取引先や顧客の存在を考えれば、無保険という判断の代償を払うのはその企業だけでは済まない。
もう一つ、国内には大きな断層がある。KPMGジャパンが2024年に実施した大企業中心の別調査では、回答企業の57.9%がサイバー保険に加入していた(※3)。調査対象が異なるため単純比較はできない。それでも、大企業と中小企業の間にある「無保険格差」は無視できない。
海外ではサイバー保険市場が拡大してきた。ミュンヘン再保険は、世界のサイバー保険料が2025年の約150億ドルから、2030年には約280億ドルまで伸びると見込む(※4)。だが、日本でより深刻なのは海外との差ではない。同じサプライチェーンに、十分な事故対応体制を持つ企業と、ほぼ無保険の企業が混在していることだ。
復旧のための「時間を買う」という発想
ここからは、無保険の企業が負うリスクを、具体的に見ていこう。
第一に、復旧という「時間との戦い」で出遅れる。