「トランプとの蜜月」が生んだ疑念
そのニュースとは、FIFA(国際サッカー連盟)が新会社の設立を進めていたことだった。
これまでFIFAは、ワールドカップなどの主催大会の放映権を各国・地域の放送局や配信事業者に販売してきた。同様にスポンサーには大会名やロゴなどを利用するマーケティング権を提供するなど、チケット販売も含め、自らが持つ商業権を管理・販売してきた。
今回の構想は、放映権やスポンサー、チケット販売、ライセンスなどの商業部門と、大会運営の機能を集約した新会社「FFE(FIFA Forward Enterprise)」を設立し、FIFAが経営の主導権を維持しながら運営するというものだった。
特に問題になったのは、その持分の最大20%を外部の投資家に売却し、資金を調達する構想だ。従来も放送局やスポンサーなど民間企業との取引は当然行われてきたが、今回は、そうした権利を扱う事業会社そのものに外部資本を入れようとした点が大きく異なる。
この計画をきっかけに、世界のサッカー界は大げさではなく“分断”の危機にさらされた。
話題の中心にいるのが、FIFA会長のジャンニ・インファンティーノだ。
この構想が表面化したのは7月28日。英『タイムズ』紙が計画を報じ、同日、FIFAもFFE構想を公表して加盟協会との協議を開始した。しかしUEFA(欧州サッカー連盟)などから激しい反発を受け、7月31日、インファンティーノは「この提案は進めない」と表明。わずか数日で計画は撤回された。
それでも批判は収まらなかった。イングランド、イタリア、フランスなど欧州の有力国が相次いでインファンティーノへの支持を撤回し、一時はその進退までが取り沙汰された。
ところが9月10日、ロイター通信は、インファンティーノが来年3月のFIFA会長選で再選に必要な票を確保できる見通しだと報じた。
欧州の主要国が離れてなお、票はどこに残っているのか。世界のサッカー界をここまで揺るがしたインファンティーノとは、いったい何者なのだろうか。
2026年ワールドカップで、インファンティーノに向けられた批判の一つが、開催国アメリカのドナルド・トランプ大統領との距離の近さだった。
象徴的だったのが、アメリカ代表フォラリン・バログンの退場処分をめぐる一件だ。
ラウンド32のボスニア・ヘルツェゴビナ戦で退場したバログンは、規定上は次戦の出場停止となるはずだった。ところがFIFAの懲戒機関は、レッドカード自体は取り消さないまま、出場停止処分の執行を1年間猶予した。
その直前、トランプがインファンティーノに電話をかけ、判定を見直すよう求めていたことが明らかになった。
インファンティーノは電話を受けたことを認めている。しかし、バログンの出場を可能と判断したFIFAの司法機関は独立しており、自身が処分を変えたわけではない、というのが本人の説明だ。出場停止処分の執行を猶予すること自体には、前年の予選でクリスティアーノ・ロナウドにも前例があった。
開催国の大統領がFIFA会長に直接電話をした直後、自国代表の主力選手が次戦に出場できるようになった――。その経緯が重大な疑念を招き、以降インファンティーノに「スポーツの政治介入を許した責任者」というレッテルが貼られてしまったのは事実だろう。
トランプには、自分が関わった出来事を実際より大きく語る傾向がある。うまく運んだ物事を自分の働きかけの成果として説明することも、政治家になる以前から繰り返し指摘されてきた。
電話をかけたという事実と、処分が猶予されたという事実。この二つは、トランプの語りのなかでは容易に一つにつながる。現に「レビューを求めただけで、こうしろとは言っていない」と予防線を張りつつ、SNSでは「大きな不正を正した」とFIFAが出場停止を猶予した判断を称賛し、謝意を示している。
トランプは、決勝後の表彰式で優勝したスペイン代表にトロフィーを渡したあとも、選手たちの輪に残り続けようとした。この行動も批判の的となった。インファンティーノを擁護するわけではないが、勝者のみが享受できるセレブレーションタイムを前に、スーツ姿には不似合いな白いスポーツシューズを履いたインファンティーノが、トランプに選手たちから離れるよう促したことは付記しておきたい。
数日後、トランプは自身のSNSに、この表彰式の動画を投稿した。24秒に編集されたその映像には、トロフィーの授与と選手との握手が残されている。インファンティーノに“退場”を促される場面や、金色の紙吹雪が舞うスペイン代表の歓喜はまるで初めからなかったかのようにカットされていた。
最大の開催国であり、今回のワールドカップの商業的成功の可否を握るアメリカの大統領と良好な関係を築くことは、FIFA会長にとって大会運営上、大きな意味を持つ。一方、その関係をトランプがどう見せ、どう政治的に利用するかまで、FIFAが決められるわけではない。
インファンティーノが政治に近づいたのか、政治がインファンティーノを使ったのか。それともトランプが上手だったのか。
背景にあるFIFAとUEFAの勢力争い
今回の騒動で、インファンティーノへの批判の先頭に立ったのが、“サッカーの本場”であり中心であり続けるヨーロッパを管轄するUEFAだった。
世界のサッカーを統括するのはFIFAだが、世界最高峰のリーグやクラブを管轄するのはUEFAである。
イングランドのプレミアリーグ、スペインのラ・リーガ、ドイツのブンデスリーガ、イタリアのセリエA、フランスのリーグ・アンなど、いわゆる欧州5大リーグを中心とするクラブシーンには、世界中からトップ選手が集まる。最高の選手に最新の戦術、多額の投資によって整えられたトレーニング環境。選手たちは年間の大半をクラブで過ごし、給与を受け取るのも所属クラブからだ。
競技レベルや戦術的な完成度という点では、「世界一」の称号は、ワールドカップ優勝国ではなく、UEFAチャンピオンズリーグの優勝クラブに与えられてしかるべきだと考えるサッカーファンも少なくない。
最高峰の競技とビジネスの中心をUEFAに押さえられるFIFAだが、4年に一度、世界中の選手たちが国を背負って戦うワールドカップは、サッカーファンダムの枠外をも巻き込み、ときに国全体を熱狂させる唯一無二のコンテンツであることは間違いない。
仮に出場国の平均的な技術レベルでヨーロッパ選手権(EURO)に遅れをとっていたとしても、ワールドカップはやはり特別なのだ。
つまりFIFAとUEFAは、世界のサッカーにおける競技とビジネスの主導権を、それぞれ異なる大会を武器に握る関係にある。ワールドカップのあり方や国際試合のカレンダーなどを巡る対立を含め、もう何十年も前からFIFAとUEFAは常に緊張状態にある。そうした綱引きの中で起きた今回の騒動で、UEFAがインファンティーノ批判の急先鋒を務めたのにはこうした背景がある。
現在UEFAから最も強く批判される存在となったインファンティーノだが、その経歴を振り返ると、意外な事実が分かる。インファンティーノはもともとUEFA出身。16年間UEFAで働き、UEFA陣営の支持を受けて選出された会長だったのだ。