10年間で約3倍
都内に店舗を構えるそのパーソナルジムは、1回60分の指導で料金が1万5000円。業界でも指折りの超高級ジムとして知られている。専属の管理栄養士による徹底した食事管理のアドバイスを受けられるのが、高額なお値段の理由だという。
その日ジムに通っていた30代の女性会員は、約50分のトレーニングを終えると“フードスペシャリスト”なる肩書きの男性スタッフと10分程度の面談をした。 「今週はタンパク質が足りていないので、来週はもう少し“PFCバランス”を整えましょう」
女性がアプリに登録した一週間の食事記録を見ながら、男性スタッフはそう優しく助言する。
帰り際、女性の前には一枚のメニュー表が差し出された。「ストロベリー」「抹茶」「ラテ」など、“フレーバー”の選択肢は実に豊富だ。
女性が「フランボワーズ(ベリー系)」を選択すると、スタッフは1分と経たず、金属製のタンブラーに入ったピンク色の液体を手渡した。それは、「1杯で12gのタンパク質が摂れる」とされる“プロテイン”だった。
「最初はいつもの食事で十分じゃんって思ってたけど、今はすっかりプロテイン信者です。飲みやすいし、美容のためにも欠かせません」
そう語りひと息に飲み干すと、女性は颯爽とジムを後にするのであった――。
「最近だと、会員に対して馬肉入りの“高タンパク質レトルトカレー”を販売するトレーニングジムもあるくらいです」
そう語るのは、京都女子大学の今井佐恵子特任教授。
「ここ数年で、プロテイン飲料やバーだけでなく、サラダチキンやカニカマ、高吸収タンパク質入りのヨーグルトなど、“高タンパク質”をアピールした食品を目にする機会がかなり増えてきました。スーパーやコンビニに行くと、商品棚のラインナップはますます多様になっています」(同)
実際、富士経済グループが昨年11月に発表した市場調査の結果によると、「タンパク補給食品」の国内市場は、2025年において推計で3000億円を超えるという。10年前と比較すると、その規模は実に約3倍。読者の中にも、忙しさの合間に手軽にタンパク質を摂れるのなら、とこれらの商品を手に取った経験がある方は多いのではないだろうか。
食品市場ではまさに目下、“プロテインブーム”というべき現象が起こっているわけだが、その背景にはいったい何があるのか。
今井氏が解説する。
「20年には厚生労働省が、18歳以上のタンパク質摂取の推奨量を『男性65g/日、女性50g/日』に設定しました。アメリカでも今年に入り、成人一日の摂取目安が体重1キロあたり1.2~1.6gへと引き上げられるなど、国を挙げて“もっとタンパク質を”という動きが強まっています」
加えて、消費者の健康志向を巧みに利用した食品メーカーのマーケティングも、要因としては大きい。
「近年は、筋トレだけでなく、健康や美容などの幅広い目的でタンパク質を摂取しようという風潮が高まっています。企業が“高タンパク質”を商品の売り文句とすることが増えたため、“たくさん摂らなきゃ”と不安に感じる人も増えている。『タンパク質20g入り』と大きく表記されたパッケージを見た消費者が、良かれと思ってカゴに入れてしまうのも無理はありません」(同)
人々の健康意識すら変えつつある、“プロテインブーム”。
その流れに対して一石を投じる研究論文が、著名な学術誌『セル・プレス・ブルー』に掲載されたのは、今年8月のことだった。