なんとか「潰れる」前に
このところ、高額医療に関するシンポジウムに参加する機会が続けてあった。私が医療費高騰の危険を指摘し始めて15年くらいが経ち、ずっと「狼少年」呼ばわりされたが、さすがに問題が認識され、危機感が共有されてきたようだ。しかしいずれの会でも、なかなか具体的結論には至らない。「無駄な医療をやめる」のはいいが、それは大前提として「我々が無駄な医療をしている」および「そういう医療を受けている患者がいる」と認めることになる。
いろんなシンポジウムで、最後は「国民の理解」が必要だ、という話になる。それがないと「国民に寄り添う」政治家は国民感情に従い、話が進まない。だが人は自分が当事者になっていることが「無駄」だと言われても納得できず、「理解」して意識を改めることは容易でない。実際、私はNHKのインタビューに答えた時に、「無駄な医療」という言葉は視聴者がショックを受けるから使わないでくれとダメ出しされた。「人命は常に絶対」の大原則が不可侵で、ちょっとでも抵触する(と思われる)ようなことは言えない、と腰が引けていては何もできない。