死を避けるために、人間の脳は「他人と比較せずにいられない」
今、世界各国で子どものSNS使用に対する規制がかかっています。この議論は往々にして「子どもがSNSを使いすぎることによって、SNS依存やいじめなどの有害な結果がもたらされている」という点に注目が集まりすぎるきらいがあります。
ですが、子どものSNS規制についての本質的な問題は、子どもがSNSを使っている間に「何をしているか」よりも「何をしていないか」という点にあるのだと思います。
10代の若者は平均して1日5〜6時間ほどSNSに時間を費やしていると言われています。SNSがなければ、この5〜6時間は、本来SNS以外に使われる時間だったのです。すなわち、人と会ったり、運動したり、寝たりという、子どもが子どもとして生きるための活動がSNSに費やす時間によって犠牲になっている、という意味です。
今、世界中で子どものメンタルヘルスの問題が叫ばれていますが、人間との交流・運動・睡眠は、うつ病や不安障害を防ぐ重要な3つの活動です。この3つが疎かになるほどSNSには中毒性があり、SNSに依存するから、人との交流・運動・睡眠の時間が短くなる。悪循環ですよね。
常識的に考えれば、人と会う・体を動かす・寝る、という人間の本能を上回る対象がこの世にそれほどあるとは思えません。ところがSNSの子どもへの中毒性は「分かっちゃいるけどやめられない」ほど強いものだと言えそうです。
なぜSNSにはこれほど強い中毒性があるのか。最大の理由のひとつは脳が大好きな「比較癖」です。
ここで少し、具体的に人間の脳の仕組みについて解説しておきましょう。まず覚えておくべきなのは、私たちの脳は1万年前から仕組みがそれほど変わっておらず、現代社会を生きる上で必ずしも「賢くなるため」「幸せになるため」に整備されているわけではない、ということです。
1万年前、人間社会では食べ物が不足していました。少ない食べ物をできるだけ効率的に食べようと、果物や蜂蜜など、高カロリーの食料をできるだけ多く食べようという本能が身についたのです。
「比較」についても同じことが言えます。ホモサピエンスは、小さな集団で暮らし、毎日同じ人と顔を合わせながら生きてきました。こうした暮らしを続けてきたことで、人間の脳には「自分はこの集団にとって十分な存在だろうか」「自分は周りと比較して、容姿に優れているだろうか、他人からバカにされていないだろうか」と考える癖ができました。