ほとんどの患者が知らない「診療報酬」の複雑な仕組み
「日本医師会は、“診療所の利益が少なく、看護師ら職員の賃上げができない”と政府に訴えてきました。その結果、2026年度の診療報酬の改定は、30年ぶりに3%を超える大幅増になりました」
そう語るのは、医療費の問題に詳しい東京新聞編集委員の杉谷剛氏だ。
日本医師会には約8万2000人の開業医と、約8万7000人の勤務医が入会しているが、会長以下執行部のメンバーはほとんど開業医が占めており、事実上、開業医のための利益団体である。
3年前から東京新聞で「医療の値段」という連載を手掛ける杉谷氏は、24年10月と25年11月の紙面で、各6回ずつ生活習慣病の医療費のムダを取りあげ、大きな反響を呼んだ。
診療報酬とは、診察や検査、処置など約5000項目ある医療行為の単価(点数で記載され1点が10円)のことで、2年に1度、見直される。26年度改定の診療報酬が実施されたのは今年6月からだった。
この診療報酬の値上げによって、年々、国民医療費は膨張し続けてきた。
厚生労働省が公表した25年度(令和7年度)の概算医療費は49・2兆円で、前年度比2・6%増と過去最高を更新したが、今回(26年度)の改定と補正予算での医療費の積み増し分を加えると、さらに2兆円超の増額となり、ついには50兆円を超える見通しである。
杉谷氏は言う。
「医師会は人件費をアップできないと主張しますが、厚労省の調査によれば、24年度の診療所の院長の平均年収は2898万円で、公立病院の勤務医の1551万円と比べると倍近くの高収入です。看護師を5人雇っているとして、月々2万円を賃上げしても年間120万円ほど。ボーナスのアップ分を足しても、院長の年収を少し下げれば賃上げは十分可能でしょう。彼らの高収入は、われわれの保険料と税と患者が支払う診療代に支えられているのです」
しかし、ここには削減すべき大きなムダがある。杉谷氏が続ける。
「24年6月に行われた前回の診療報酬改定で、生活習慣病の診療代の請求(算定)方式が変わったことに便乗し、高額の診療費を請求するようになった“かかりつけ医”がいます。また、ほとんどの患者が複雑な診療報酬の仕組みを知らないのをいいことに、最も患者が多い生活習慣病の治療で、患者を頻繁に来院させる“頻回診療”もかなり行われています」
それならば、患者個人の対処の仕方で過剰に支払った診療代を取り戻すことができるのか。新聞連載を機に、杉谷氏には全国の患者から体験談が寄せられた。ここからいくつかのケースを紹介してもらおう。
「都内在住の木村麻里さん(仮名)の80代の父親は、高血圧・糖尿病・脂質異常症の三つの生活習慣病があり、3カ月ごとに診療通いをしていました。3疾患とも状態は安定していたそうです」
24年6月の改定前の3月に通った時の診療代は5870円で、自己負担が2割の父親は、1170円を支払っていた。だが、改定から3カ月後の9月には、9150円で自己負担が1830円と1・5倍にハネ上がったのだ。おまけに「これから3カ月分の薬の処方箋は出せなくなるので、毎月来てもらうことになります」と言われたという。
木村さんは、以前の診療明細と比べてみた。その値上げのからくりが、「特定疾患療養管理料(以下、特定疾患管理料)」にまつわる項目だったのだ。
「おかしい」と感じた木村さんはある行動に出た。その顛末を紹介する前に、特定疾患管理料について説明しておきたい。
まずは「生活習慣病管理料」を確認
特定疾患管理料とは、簡単に言えば、医師が患者に疾患の改善を口頭で指導するのに対し、患者が支払う費用のことだ。
医師がこの管理料を請求できる慢性疾患とは、慢性心不全、ぜんそく、慢性胃炎など約30の疾患が対象となるが、特に、「高血圧性疾患」「糖尿病」「脂質異常症」の三つの生活習慣病の患者数が最も多い。
この特定疾患管理料は、「かかりつけ医」を想定して作られたもので、診療所や入院病床200床未満の病院が請求できる。公立病院など地域の中核医療を担う大病院は対象外だ。そもそもは、「1958年、様々な技術料がある外科医に比べ、内科系は薬の処方しかないということで、内科系の底上げの点数として“慢性疾患指導料”が設けられた(2012年に特定疾患療養管理料と改称)」という。
「慢性疾患の診療に上乗せされる特定疾患管理料は、漸減傾向にある病院とは対照的に増え続ける診療所の収入の柱となっています」
と、杉谷氏。
この特定疾患管理料が、開業医のドル箱になっている。しかも、22年度の統計によると外来医療費16兆4731億円のうち、高血圧性疾患1兆7050億円、糖尿病1兆1997億円で、合計すると外来医療費全体の17・6%にのぼっていた。脂質異常症を加えればさらにふくらむ。
医療費抑制のため、さすがの厚労省も日本医師会の反対を押し切り特定疾患管理料に手を付けた。それが24年度の診療報酬改定だ。厚労省は特定疾患管理料の対象となる疾病の中から、特に請求の多い「高血圧性疾患」「糖尿病」「脂質異常症」の三つを外した。