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旧東ドイツで進む右派ポピュリズム政党の「脱タブー化」 それでも「不安はない」と語る移民たちの論理

2026年10月28日


<span>旧東ドイツで進む右派ポピュリズム政党の「脱タブー化」 それでも「不安はない」と語る移民たちの論理</span>
ベルリン・ブランデンブルク門の前での移民制限を訴えるデモ(2026年10月10日、ロイター)

ドイツで「極右」としてタブー視されてきた「ドイツのための選択肢(AfD)」が、地方選挙で勝利する事態が相次いでいる。特に社会主義国だった旧東独側では既成政党の組織基盤が弱く、そこにAfDが伸長する素地があったと指摘される。ただ、AfDとその支持者らに敵視される移民系の人々に話を聞くと、意外にも冷静な反応を示す人も多かった。果たして欧州最大の経済大国で何が起きているのか。

 今年(2026年)9月に行われた、旧東ドイツのザクセン・アンハルト(SA)州など3州議会選挙は、右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が伸長し、ドイツ政治が大きな曲がり角に来たことを印象付けた。社会の分極化が深刻化し、既成政党は新しい状況への対応を迫られている。

 9月4~7日、ザクセン・アンハルト州都マクデブルクで、6日の州議会選挙投票日を挟み、選挙集会や有権者を取材した後、7~11日、ベルリンで関係者にインタビューをした。全部で30人前後の人にそれぞれかなり突っ込んで話を聞いた。

AfD支持者であることを公言

 取材を通じて、ドイツ政治の現状を物語っていると考えるいくつかの発見があった。

 第1に、躊躇することなくAfD支持を公言する人が増えたことである。私のこれまでの取材経験では、AfD支持の表明にはためらいがあった。いうまでもなく、国民社会主義(ナチズム)の歴史的経験から、「右」の政治言論、勢力に対しては強いタブーがあり、うっかりAfD支持を表明すると、社会的地位を失う恐れすらあるからだ。

 6日の投票日、マクデブルク市内の投票所で、投票を済ませた人に話を聞いたが、男性(73歳)に「単刀直入に聞くが、どの政党に投票したか、なぜか」と話しかけると、「単刀直入に答えるが、もちろん、AfDだ。他に何が選択できるというのか。他の政党は二枚舌、ダブルスタンダード、戦争遂行者だ」とはっきりした答えが返ってきた。

 同じ投票所から出てきた配送業をしている男性(42歳)も、投票先を聞くと「この政党だよ」といって着ていた青色のシャツ(青はAfDのシンボルカラー)を指さした。「AfD以外の政党は(統一後)20年、25年も政権を担ってきた。キリスト教民主同盟(CDU)、社会民主党(SPD)の政治が続けば同じ状態が続く。今何か変わるという希望が生まれた」と理由を語った。

 筆者は2017年、2025年の連邦議会(下院)選挙、同年12月には旧東ドイツのテューリンゲン州やザクセン州で取材をして人々の声も聞いたが、AfDの党員以外、支持を明言する人に会ったことはなかった。

 今回、ザクセン・アンハルト州全体では有権者のほぼ3分の1がAfDに投票した。AfDが50%以上得票した選挙区も、41選挙区中7選挙区になり、AfDは徐々に脱タブー化されているようだ。

 ただ、投票者がAfDの主張を全面的に受け入れ、熱狂的に支持しているわけではない。配送業の男性も「AfD政権で、向こう5年間に何もよくならなければ誰も二度とAfDに投票しない。AfDは単に新しい可能性」と言った。その前日、市内で行われたAfD最後の選挙集会を取材した際も、入場を待っていた支持者の男性は「ほかの政党はいろいろ我々を欺き、実際やったことは全く違っていた。そのためにまだ成果を上げないうちに支持を集めているが、他の政党と同じだったらAfDも終わり」と話した。

 共産体制の体験から、旧東の人々は一般的に、政治に期待するところが少なく、自由や民主主義などの政治的価値に対してシニカル(冷笑的)な姿勢を取る。ドイツ統一後、失業などの体制変換の苦汁をなめたこともあり、もっぱら旧西ドイツ主導の既成政党に向けられることが多いが、同じシニシズムはAfDに対しても向けられているようだ。旧西の政治家、知識人は、旧東のAfD支持者を、民主主義意識が未熟で虚偽の情報に操られていると愚民視する傾向が強いが、旧東の人々の選択をただ無知蒙昧からのみ説明することはできない。

投票日前日に開かれたAfDの集会会場前で並ぶ人々(2026年9月5日、筆者撮影)

三つ子の魂百まで? 社会主義時代との連続性

 第2に、いったん形成された世界観、価値観の持続性である。

 シニカルな姿勢に加え、世界認識は東ドイツ時代のパラダイムを引きずっていると感じさせるいくつかの発言を聞いた。

 前述の投票所の73歳男性は、マクデブルク近郊で生まれ、東ドイツ時代のハレ大学で農業技術の学位を取り、ラオスで農業開発の援助にも携わったことがあると話した。当時は東ドイツの支配政党だった社会主義統一党(SED、事実上の共産党)党員だった。

「ロシアが侵略戦争をしたというのならば、米国はアラブやアジアに対して、イスラエルは(パレスチナに対して)何をした。ロシアは平和的な解決を求めてきた。ウクライナ戦争は北大西洋条約機構(NATO)の代理戦争だ」

 ロシアに対する肯定的なイメージは、ソ連の衛星国だった東ドイツ時代の学校教育、政治教育で徹底的な親ソ連、反米国の教育が行われたことが尾を引いている。NATOの攻撃性、西側文化の退廃が強調され、平和勢力としてのソ連の道徳的優位性が強調された。

 すでにほぼ50歳後半以上となっているが、AfD党員、支持者には東ドイツ時代はSEDの党員だった人がかなりいるようだ。昨年12月、郡長がAfDとなったテューリンゲン州ゾネベルクで話を聞いた50歳代のAfDの女性幹部も、「東ドイツの教育でいい面もたくさんあった」と語り、学校での規律が失われている現状を憂えてAfDに入党した、と言っていた。

 政治思想的には右と左の両極に位置するが、AfDとSEDのイデオロギーは意外と親和性があるかもしれない。秩序重視、閉鎖性、反米親ロシアの国際認識などで一致している。東ドイツは社会主義諸国の国際連帯を唱道しながら、国際社会に対して開放的であることに警戒的だった。北ベトナムやアフリカの社会主義友好国から外国人労働者を受け入れてはいたが、社会からはほとんど隔離されていた。

 また旧西ドイツから統一ドイツに引き継がれた、ナチ・ドイツへの贖罪が支配的な歴史認識を旧東の人は共有していない。悪化する治安、物価高騰、貧富の格差拡大などグローバル化に伴う苦難は、旧東西ドイツで共通するが、旧東の方がAfDへの支持率がほぼ倍になっているのは、「右」へのタブーが少ない分、現状不満票が素直にAfDに向かう面もあるだろう。

 ただこのシニシズムがあまり進むと、例えばロシアのウクライナ侵略に関して、国際法規範に基づく秩序、自由や民主主義の原則を軽視し、自国中心的な狭量な対応を恥じないようになる。それは一切の価値を認めないニヒリズムの世界に近づいている。

 旧東におけるAfD拡大の背景については、旧西との経済格差、統一後の失業問題などの苦難、エリート層のポストが旧西の人材で占められていることへの反発、などが語られることが多く、それはそれで間違いないが、政治、社会意識の持続性としか説明できない旧東特有のパラダイムがあるように思う。

冷静だった移民系の人々の反応

マクデブルク市内で床屋を営むクルド系イラク人のシュワンさんは筆者の取材に「不安はない」と語った(2026年9月5日、筆者撮影)

 第3に、AfDの排外主義を多くの移民系住民は冷静に受け止めている。

 AfDが州政権を握ることによって直接的に懸念されるのは、過度にイデオロギー的な文化教育政策や治安機関の一部を掌握することなどにあるが、非白人移民の追放を目指す「再移住(Remigration)」構想に基づいた外国人排斥の激化もその一つである。

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