睡眠の問題は禅問答
ベッドの上では、悶々とした夜が続く。明日の仕事に備え、今日は少なくとも7時間は睡眠を確保したいところだ。8時間眠れれば完璧だろう。翌日のパフォーマンスを案じつつ、目をつむり、眠りに落ちるその瞬間を待つ。
しかしどうしたことか、自らの意志に反して、肝心の眠気は一向に訪れてくれない。なんとか眠らなければ。そう焦ることで、意識は余計に冴えていく。気づけば自分に残された睡眠は、せいぜい6時間、5時間……。ときおり目を凝らし、時計を確認しては、その少なさに愕然とする――。
誰しも覚えのある経験ではないだろうか。眠ろうにも寝付けない、あの苦しい時間。メディアではしきりに「8時間睡眠」などが推奨されるが、その通りに眠れるのなら苦労はない。「睡眠時間」を意識することで、かえって眠りが遠ざかってしまうこともあるから、我々の悩みは厄介なのだ。
求めるほどに、離れていく――。睡眠の問題は時に、禅問答のような様相を呈するものである。
「動物の場合は、眠たくなったら寝るだけですが、人間、特に現代人は、睡眠を “次の日の糧”のように客観的に捉える傾向があります。だからこそ、事情は複雑なのです」
そう語るのは、東京家政大学教授で、「不眠の認知行動療法(CBT-I)」の第一人者である岡島義(いさ)氏だ。
岡島氏が専門とする同療法は、世界の潮流にあわせて、今年の6月より、国内でも重症患者を対象として保険適用が開始されたことで注目を集めている。なんでも、寝付きをめぐる前述のジレンマに、直接働きかける治療であるというのだ。
「不眠に悩む人の多くは、『最低8時間は眠らないといけない』『眠れなかったら遅くまで寝て取り戻さないといけない』など、これまでの人生で様々な“思い込み”を学習してしまっている傾向があります」
とは、東京大学大学院で同療法を研究する、精神科医の古川由己氏。
「これらの考え方は、焦りや不安を生むため、不眠をむしろ悪化させてしまいます。治療では、凝り固まった認知を解消しながら生活リズムを見直し、不眠の原因を根本から治すことで、寛解を目指すのです」(同)
欧米では既に、睡眠薬に代わり、“主流”の療法になっているという。
「睡眠薬には、即効性がありますが、あくまで対症療法に過ぎません。長期的に服用する患者が多く、依存症のリスクもある。一方、不眠の認知行動療法は、効果が数年にわたって持続することが海外の研究でも示されています。2016年にアメリカ内科学会が不眠治療の『第一選択』と位置付けて以降、今や日本以外のほとんどの国で、睡眠薬より優先されるアプローチなのです」(同)
海外では標準になっているというその治療の、具体的な内容はどのようなものなのだろうか。