月明かりの洋上で波に揺れていた小さなボートが突然、けたたましいエンジン音を上げた。密航取り締まり中のチュニジア沿岸警備隊がサーチライトを照射し、すぐ脇に寄った直後だった。
「おい! モーターを止めろ!」
逃げさせまいと、隊員が慌てて身を乗り出してボートの左舷をつかんだ。観念したのか、大人も子どもも両手のひらをみせ、「許してくれ」「赤ちゃんもいるんだ、見逃してくれ」と嘆願の声を繰り返した。
6月1日午後11時前、チュニジア中部スファックス沖9キロの洋上。薄い鉄板を溶接しただけの粗末なボートに41人が肩を寄せ合い、160キロ先のイタリア最南部ランペドゥーサ島に向かっていた。全員が黒人で、誰も救命胴衣をつけていなかった。この海域では今年出回り始めた鉄板ボートの転覆事故が急増しており、欧州行きは阻まれたが、命を落とさなかっただけで幸運ともいえた。……