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第二十五回「新潮ドキュメント賞」 受賞の言葉と選評のお知らせ

2026年9月17日


<span>第二十五回「新潮ドキュメント賞」 受賞の言葉と選評のお知らせ</span>

 8月27日午後、一般財団法人 新潮文芸振興会の主催による「新潮ドキュメント賞」選考会がオークラ東京にて行なわれ、受賞作品が決定しました。ここに著者による受賞の言葉と選評をお知らせいたします。

第二十五回 新潮ドキュメント賞

【記念品及び副賞百万円】

本賞は下記の規定により、人間や社会への洞察に満ち、表現において文学的にも良質と認められる作品一篇に授与する。

一、選考の対象は、ノンフィクション作品(雑誌掲載も含む)とする。

一、第25回は、令和7年7月1日から令和8年6月30日までを対象期間とする。

一、選考委員/稲泉連 東畑開人 西川美和 早見和真 ブレイディみかこ(五十音順)

一、選考委員の任期は4年とする。ただし重任は妨げない。

 

◆候補作品(刊行順)

〇『過疎ビジネス』(集英社) 横山勲

〇『戦場で笑う 砲声響くウクライナで兵士は寿司をほおばり、老婆たちは談笑する』(朝日新聞出版) 横田徹 

〇『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』(文藝春秋) 山﨑裕侍 

〇『鶏まみれ』(亜紀書房) 繁延あづさ

〇『高畑勲と「火垂るの墓」 「幻の脚本」と「7冊の構想ノート」を読み解く』(新潮社) 寺越陽子 
 

◆受賞作品

 『鶏まみれ』(亜紀書房) 繁延あづさ 

 

〈著者略歴〉

繁延 あづさ(しげのぶ あづさ)

兵庫県生まれ。写真家。桑沢デザイン研究所卒。雑誌や広告撮影のかたわらライフワークの出産撮影に取り組む。2011年に長崎県に移住。21年より夫と養鶏業を営み、卵を販売。現在は鶏肉販売に向け準備中。『うまれるものがたり』『山と獣と肉と皮』『ニワトリと卵と、息子の思春期』など著書多数。「助産雑誌」表紙&巻頭連載エッセイ担当中。 

 

◆受賞の言葉

 この本は、失業した夫の「養鶏しようかな」で始まったわが家の採卵養鶏と“最後は肉か”と資格取得のため食鳥処理場で働いた4年間の記録です。イキモノがタベモノになる現場で出会ったそこで働く人々と、夥しい数の鶏。食肉はこうして支えられていたか! と驚き感動するとともに、さまざまな“なぜ”も湧きあがりました。ひとりごとのように綴った本に栄誉ある賞を頂き、信じられない思いです。

 

◆選評(五十音順)

〇稲泉連(いないずみ・れん)

 繁延あづささんの『鶏まみれ』は、選考委員全員が高く評価しての受賞となった。著者は3年10カ月にわたって食鳥処理施設で働き、そこで自らが見た世界、感じたこと、考えたことをディテール豊かに描いていく。その裡側からの眼差しの徹底が浮かび上がらせるのは、私たちの生きる社会を裏支えするエッセンシャルワークの世界である。自身の目に映る限られた光景とその細部を綿密に描くことから、大きなものを立ち上がらせる筆致に惹きつけられる。著者自身の「知りたい」という衝動、そこから生じる問いや日常に対する身の置き方が文体と一致し、一つの世界観が見事なまでに表現されていく様子が魅力的だった。

 『過疎ビジネス』は新聞記者である著者が公開資料の小さな疑問をつなげ、その先に重大な事実を発見していく。一般には分かり難い行政の手続きをつぶさに検証し、そこにある問題を指摘する取材の過程がスリリングだ。一つのノンフィクションの作品としては人物の描き方がやや平面的に感じられたが、「企業版ふるさと納税」の問題の構造を具体的に示し、制度運用をめぐる議論を巻き起こした価値ある調査報道である。

 綾瀬事件の加害者6人がその後どう生きたかを20年以上にわたって追い続けた『償い』は、著者の強い思いと取材に対する執念に敬意を表したい。少年事件とは何か、罰を受けた後の人間はどう生きるのか。読後に問いとなって胸に残されたものは大きい。「報じること」の意味や葛藤をさらに深く掘り下げる視点があれば、著者の問いはもっと強く届いたのではないか——そう思ったのも、取材と思考の跡が確かに見えるからこそだった。

 『戦場で笑う』は戦場の最前線に立ち続ける書き手の存在が、いかにこの社会にとって大切であるかを感じさせる作品だ。2022年から7度にわたってウクライナの前線に従軍した記録は貴重で、ドローンが戦場にもたらした光景も臨場感を以て伝わってきた。戦争の「悲惨さ」を中心に置かないからこそ見えるものがある、という視点に意義を感じる。

 『高畑勲と「火垂るの墓」』は、見つかった7冊の創作ノートを丹念に読み込み、映画『火垂るの墓』がどのようにつくられたのかを追う。著者の高畑監督への敬意が伝わり、誠実さと温かみがある。ただ、ノートの解釈の多くを識者や関係者の言葉に委ねている分、長年にわたって高畑監督の近くにいた著者ならではの視点が見えにくかった。

 

〇東畑開人(とうはた・かいと)

 はじめての選考会、本を読み、感想を言い、評価する。読書という毎日している営みではあるのに、賞をめぐってなされると、まるで自分が評価されているような気分になる新しい体験であった。それはおそらく、「賞」という時代を切り取る作業の重たさなのだと思う。

 さて、受賞作である『鶏まみれ』。すべての委員が揃って推したものだったし、私自身も一読して素晴らしい作品だと感じたものであったから、第1巡の論評で最速の決着がつき、幸福であった。

 生き物を食品にすること。この人間の最奥の営みは、おそらく写真や映像ではなく、文章でしか描き切れないものなのだろう。その圧倒的なリアリティは、著者の心をくぐらせることで、言葉というものに変身し、人々が想像できるものになっている。これは第一級の文学的達成だと思う。

 もうひとつ、個人的に深く残った候補作は『償い』であった。というか、今でもこの本が示した問いは、私の心に重く残り続けている。殺人を犯した少年たちが、その後の人生をいかに生きたか、いや人生として生きられなかったか。破壊的なものを誰も受け止めることができず、関係するすべての人を損ない続ける悲惨。これは現在進行形の問題であり、そして未来の日本社会でも、先鋭化した形で突きつけられ続けるものであるように思う。

 ノンフィクションとは、誰かの心をくぐらせた現実である。深くくぐらせればくぐらせるほどに、それは読んだ人の心に重く残り続ける。そのようなノンフィクションが、私はいいものだと思う。来年度以降も楽しみにしている。

 

〇西川美和(にしかわ・みわ)

 『鶏まみれ』はタイトルと装丁・カバー絵が良い。「生きているものを殺してもらっている」現場に、生半可ではなく、でもシリアスすぎずに導いてくれるのだろうという予感があり、内容は期待を裏切らなかった。夫が養鶏場をはじめた著者自らの暮らしの必然だったとはいえ、食鳥処理場に3年10カ月勤務して初日からその作業のディテイルと、それに伴う感情をみっちりとレポートされたものを読んだのは初めてだった。

 151センチという小柄な女性でも、鶏ならば殺せてしまう。だから生きたまま逆さ吊りにされた鶏の首を刃物で切り落とす仕事から始める。肛門から開いた切れ目から、内臓を手で取り出して、慎重に仕分ける。動き、鳴き、脈打つ命を手ずから潰し、沈黙したきれいな「肉」にしていく工程。血まみれ、汚物まみれ。レインコートを着ていても、下着まで血の色が沁みているという。すごい仕事だ。

 写真家である繁延さんは自宅で鶏の庭飼いを経験していて、ひよこから育てた鶏たちを「コッコ」と呼び、日頃から生き物としての愛着も感じている。生き物としての鶏を知る人が、生きた鶏を「肉」にする。そこに起こる葛藤や、ともに働いた人たちへの敬意と共感をそのまま、やわらかな文体で私たちに手渡してくる。

 「鶏肉も高くなったな」とスーパーで値踏みしながら、その加工の現場に立つ人たちが最低賃金で仕事をし続けていることへの想像や疑問を封じてきた。「いのちをいただく」というちょっと殊勝な言葉はよく聞くようになったが、「誰かが殺して、私は生きている」というさらに踏み込んだ現実をありありと自覚させられる。その「誰か」とは誰か。近代以降、日本は身分制度も宗教観も食生活も多くが変わったのに、かれらは、なぜいつの時代も透明化されたままなのか——「差別」という大きな言葉は使わないが、繁延さんの疑問は、何も悪いことはしていないつもりの私たちの安全地帯を突いてくる。疑問は解かれぬまま、うだつの上がらない夫(失礼)や、成長してゆく子どもたちとの日常のエッセイと行き来しながら、また鶏にまみれる。肉食をする多くの人はこの経験をしないし、できもしない。その代わりに書いてもらった、おかげで知ることができた、と感じた。

 本文中に差し込まれた抑制的なモノクロ写真も素晴らしい。カラーで見たい、もっと知りたい、という気持ちが起こらぬでもなく、私はこれが映像ならばどう伝わるかを想像してしまったが、それは多くの日本人にとって、忌避感や恐怖と罪悪感が凌駕して、さらに目を固く閉じさせる結果を招きかねない。「写真」と「文」だからこそできることを成していると感じる。

 選考会のとき、この本について語る委員の顔がみな生き生きしていた。この本に出会えた喜びを、私だけでなく他の人も感じていると思えた。多くの人に読まれてほしいし、人間が食べ、生きること、そのために必要な量や質を見つめ直す時代に差し掛かっているのだとも思う。見たくないもの、厳しいものをこそやさしく綴り、悩みながら考え、伝える、というお手本でもある。中高生にもぜひ読んでほしい。

 他の候補作も、著者の長い時間と労苦をかけた取材によって、知り得なかったことに満ち、考えようとしなかったことに出会わせてくれた。読ませてもらってよかったと感じた。 

 

〇早見和真(はやみ・かずまさ)

 まずは繁延あづささん。本当におめでとうございます。『鶏まみれ』を推すと決めて肩を回して選考会に臨みましたが、ほぼ満場一致での選出となりました。

 その場でも話しましたが、ブレイディさんが文壇に鮮烈に現れた日のことがなぜか脳裏を過りました。書き手としてのスター性を感じます。これまで自分が何を見ないフリしてきたのかを教えられた気がします。読後は、食事の前に口にする「いただきます」のニュアンスが変わりました。どのようなテーマを書いていかれるのかも含め、今後も楽しみです。まずはおめでとうございます!

 『過疎ビジネス』は、新聞記者として極めて大きな仕事を為されていると感じました。選考会では悪を悪として描きすぎという指摘が出ましたが、僕は著者の立ち位置から見た登場人物の描き方に違和感を抱きませんでした。

 ただし文章が硬く、ひたすら長い新聞記事を読んでいると感じる箇所がいくつかあり、そこを減点対象としました。この本を本当に必要とする、普段新聞を読まないような読者をもう少し想定してくれていたら読み味は違うものになっていた気がします。

 『戦場で笑う』を、僕は二番目に高く評価しました。副題や帯文を見て「エピソードの羅列なのでは」という予断を持って読み始めましたが、戦場における、ひいては生きることにおける「笑い」の意味が縦軸として貫かれており、最後まで飽きずに読むことができました。

 作中に二箇所「戦争とはそういうもの」と言い切っているところがあり、ここに著者の覚悟を読み取れたのも良かったです。ただし、この本にかんしては巻末の対談は不要と感じました。最後まで著者自身の言葉で語りきって欲しかったという気持ちが残りました。

 『償い』は、いまなお関心を集め続ける綾瀬で起きたコンクリート詰め殺人事件について綴られた本です。事件を風化させまいとする著者の執念を感じましたし、一連の出来事を総括するものとして価値ある作品とも評価しました。しかし綾瀬事件がいまなお語られ続ける理由、その特異性が書き切られていると捉えることはできませんでした。序盤に提起された「人間はここまで残酷になれるのか」という問いが解き明かされているとも思えず、そここそを読みたかったのだという気持ちが読後に残りました。

 『高畑勲と「火垂るの墓」』は、副題にある「幻の脚本」や「7冊の構想ノート」に最後までそれほど関心を抱くことができませんでした。むしろ読んでいくうちに高畑勲という不世出の映像作家の評伝を読みたいという気持ちが募っていき、ワクワクしながら読み進められたのもそういう箇所でした。

 選考委員が一新され、はじめての選考会となりました。今回は全員が胸を張って『鶏まみれ』を送り出します。

 あらためまして繁延さん、おめでとうございます。

        

〇ブレイディみかこ(ぶれいでぃ・みかこ)

 候補作は、いずれも自分の労働について書いているという気がした。自治体を狙って公金を巻き上げるコンサルの実態を暴きながら調査報道の矜持と地方紙記者の意地を伝えた本があり、前世紀に起きた少年犯罪の加害者たちを追い続けたテレビ報道関係者が「オールドメディア」の意義を示した本もあった。映画という作品そのものではなく、その周辺を「見世物」にしたいのではないかと被写体本人に問われながら、アニメの巨匠の映画制作過程をドキュメンタリーにしたディレクターの本もあれば、一度は引退を考えていたのにやっぱりウクライナの激戦地へ向かってしまった戦場カメラマンの仕事を、笑いを交えながら描いた作品もあった。

 とは言え、これらはすべてジャーナリズムや映像メディアに関わる人々の労働の記録だ。

 その点で、受賞作だけは他の4冊と異なっていた。著者はフォトグラファーでもあるが、本作では食鳥処理工場での労働を書いており、その仕事を通じて見るもの、感じること、考えることを綴っている。食べるために殺して解体するという身も蓋もない労働の現場から立ち上がる思考の広がりは人類学的でもあり、その職業への評価を考える部分などは社会学的でもあるが、最も打たれたのは「ニワトリの内臓はなぜ美しい」の章だ。鶏の内臓の細部を一つ一つ愛でながら丁寧に書き込む文章に引き込まれ、それが何のために美しいのかを「神に問うように」心の中で叫んだという筆致は宗教的ですらあった(場面は家の台所なのに)。

 世界の諸問題をテクノロジーでコントロールできると信じる人が増える時代にあって、人間は「畏怖する」ことを忘れがちだ。「身体性を取り戻せ」という流行りのキーワードの「身体性」とは、正味、殺すことであり、食べることであり、生むことであり、死ぬことであると思い出させてくれる、この小さくて大きな作品を推そうと、最初から決めていた。

 

 授賞式は、10月9日(金)に都内で行われます。

 

一般財団法人 新潮文芸振興会

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