※本稿は「週刊新潮」2015年12月24日号に掲載された特集を元に再構成したものです。また、年齢や肩書、年代表記等は当時のものです。
サングラスは「シャイな自分を隠すため」
〈トレードマークのサングラスをかけて棺に納められた野坂さんは、12月12日の午後、都内で荼毘に付された。53年連れ添ってきた暘子さんが初めて出会ったのは、宝塚歌劇団に在籍していた頃。その時もやはり、同じ姿で現れたのだという。〉
最初はまったく彼のことを知らないまま、知人の紹介でお会いすることになりました。ところが、夜だったにもかかわらず黒いサングラスをしているのです。その時は、「きっとお目が悪い方なのだろう」と思っていました。そもそも当時、サングラスをしているのは、怖いお仕事の人くらい。しかも近眼で乱視だったから牛乳瓶の底みたいに分厚くて、余計にびっくりしました。もっとも、結婚してからは私がどんどん色を薄くさせましたけれどね。
野坂は神戸育ちで、今でこそ「タカラジェンヌ」といえば女優さんの響きがしますが、当時の神戸の人たちにとって宝塚歌劇団は“お嬢さん育ちの人が花嫁修業をするところ”というイメージがあったのでしょう。同じ世代の男性、特に関西出身の方の中には、強い憧れを持っている人が多いのです。……