軍事力無しで戦争を回避するという幻想
もしも仮にこの国際社会において戦争が一切起きないという前提があれば、外交は必要なくなります。国家間には交流があるだけで、外交官は他国の外交官と優雅にお茶でも飲んでいればいいということになるでしょう。
しかし現実世界はそうはなっていません。戦争がなくなっていないからこそ外交が必要であり、相手に戦争をさせないための軍事力がいる。外交と防衛(軍事)は裏表の関係にあり、どの国も一定の軍事力を背景にして、戦争を避けるために外交を展開しています。これは世界の常識ですが、なぜか日本においては一部からは非常識であるかのように見られています。
しかし実は日本のように「軍事力はいらない。外交で戦争を回避すべきだ」などという声が上がることこそが、世界の常識からズレているのです。
国際社会はいまだに警察がいない戦国時代のようなものです。その中で、戦争に巻き込まれないためにどうするか。外交官としての発想で言えば、ともかく力関係の安定を図らなければなりません。力とは、軍事力はもちろんですが、豊かな暮らしを支える経済力、そして国際社会をリードできる言葉の力です。この3つが合わさって、国の力となります。
国家間の関係も人間の派閥とそう大きくは変わりません。どのチームに入れば自分の立場が危うくならないか、つまり戦争に巻き込まれずに済むか、と考えたときに、強くて正しくてお金がある方に入るのは当然でしょう。会社の派閥抗争と同じ理屈です。
東西冷戦期で言えば、それは「西側」と呼ばれる派閥でした。アメリカは世界最強の軍事力を持ち、言論の自由があり、経済的にも成長している。そんな国と同じ側にいる方が、自国の国民とその暮らしを守りやすくなるのは当然です。
アジア地域における西側はアメリカという主将のもと、日本は副将くらいの立場で所属していたことになります。ほかに韓国、台湾、フィリピンなどが所属していて、冷戦期にはソ連に対峙していました。そして冷戦後、2010年代以降は軍事力を増してきた中国にいかに対峙するか、という構図に変化しています。最近では、ロシアがウクライナを侵略して、北朝鮮が核武装してウクライナに派兵しています。露中朝の三角枢軸が出来つつあります。
2010年代後半から現在にかけてアメリカが内向きになってきたために、日本はいよいよ「自分たちでもできることを考えなければならない」時期を迎えました。だからこそ防衛費を増額し、南西防衛やミサイル防衛を整えなければならない、という話になるわけです。極端に軍事に偏重しているわけではなく、いままで疎かにしていたこと、加えて中国の軍事力の伸びに対応するために備えているにすぎません。