政治

なぜ政府は日航機「撃墜説」を放置してきたのか 陰謀論が国民の「生命・人権」を脅かす時代

2026年6月26日


<span>なぜ政府は日航機「撃墜説」を放置してきたのか 陰謀論が国民の「生命・人権」を脅かす時代</span>
123便の墜落現場となった御巣鷹の尾根に建立された「昇魂之碑」(C)新潮社

多忙に人手不足も重なり、SNS上の荒唐無稽な陰謀論などとても相手にしていられない――。長年、防衛省は自衛隊員を「殺人犯」扱いする陰謀論を座視してきたが、サイバー空間が「第5の戦場」となった今、陰謀論の軽視は「認知戦」で戦わずに白旗をあげることを意味する。マスメディアの体力が弱る中、一部には、真偽がどうであれ「情報の拡散=商業的な成功」と見なす風潮さえある。その結果起こるのは、国民の生命や基本的人権が脅かされる最悪の事態だ。

 2025年4月、参議院外交防衛委員会において佐藤正久議員(当時)は、1985年8月に発生した日本航空123便墜落事故について、「海上自衛隊が日航123便を撃墜した」「陸上自衛隊が火炎放射器で遺体を焼却した」といった主張の真偽について政府に質した。

 上記の主張は、いずれも「青山透子」なるペンネームの覆面作家の著作に記されたものだが、答弁に立った防衛大臣らは当然その内容を「偽情報」だと否定した。佐藤議員はさらに、当該書籍が全国学校図書館協議会の選定図書に選ばれていること、墜落現場となった群馬県の御巣鷹の尾根に「N総理・自衛隊が意図的に殺害した乗客・犠牲者」などと刻まれた慰霊碑まで建立されている現状を挙げ、虚偽情報が社会へ浸透し、固定化されつつあることに強い懸念を示した。

 海上自衛隊の横須賀地方総監であった私は、この国会中継を通じて初めて青山透子という人物の存在を知った。国会で取り上げられるほど深刻な問題となっていることに驚き、直ちに図書館で青山氏の著作を数冊精読したが、そこには一読して直ちに虚偽と判別できる、自衛隊に関する事実無根の記述が数多く並んでおり、強い衝撃を受けた。

 政府は国会答弁において明確に自衛隊の関与を否定したものの、その根拠を詳細に示したわけではなかった。そこで私は、自ら徹底したファクトチェックと検証を重ね、退官後の2026年2月、『日航123便「撃墜説」の真相――海上自衛隊元最高幹部が解き明かす』(PHP研究所)を上梓した。拙著においては、青山氏が「撃墜説」の根拠として掲げる6つの主要論点について、青山氏の主張が完全に破綻していることを立証した。

いちいち相手にする暇がない

 そもそも日航123便墜落事故をめぐる陰謀論は、40年前の事故当時から存在した。当時の関係者の証言によれば、事故直後から一部メディアでは「自衛隊の救助が遅い」といった批判があり、ある航空評論家がテレビ番組で「自衛隊の標的機との衝突の可能性」について何ら根拠を示すことなく言及したという。おそらくこれが、自衛隊による「撃墜説」の最初の発信であったと思われる。

 同様の主張は一部週刊誌でも展開されたが、当時から各自衛隊の広報室はメディアの取材に対応し、そうした言説を明確に否定していた。同種の「撃墜説」を書籍化する者はその後も現れたが、いずれも荒唐無稽な内容に過ぎず、社会的に大きな影響を持つことはなかった。青山氏の主張する墜落原因は著作ごとに変遷しており、この40年間に流布された様々なパターンの陰謀論がその原型になっているようだ。

 防衛省・自衛隊がこれらにどう対応してきたかといえば、少なくとも私の知る限り、省内や自衛隊内部では話題に上ったことすらなかった。一般の方は「これほど話題になっているのになぜ対応しないのか」と疑問に思われるかもしれないが、防衛省・自衛隊は、日々の情勢分析、防衛力整備、日米同盟の維持、防衛協力、演習・訓練など、極めて多忙な任務を抱えている。加えて、少子化に伴い自衛官の充足率は低下の一途をたどり、反比例して増え続ける仕事を定員未満の人数で回さなければならない。メディアの取材があれば広報担当者が回答するが、防衛省への取材も経ずに出版される荒唐無稽な虚説や、SNS上の投稿に逐一対応する暇はない、というのが実情である。

 しかしながら、SNSの影響力が飛躍的に拡大し、主要メディアを「オールドメディア」などと揶揄して信用しない風潮が広がるにつれ、「陰謀論」はもはや看過できない存在となってきている。

 かつて「徳川埋蔵金」という伝説があった。幕末の勘定奉行・小栗忠順が、江戸幕府の秘密資金を群馬県の山中に埋めたという筋書きであるが、歴史学的な検証を経て、ほぼ完全な虚構であることが明らかになっている。それにもかかわらず、150年以上を経た現在でも、あたかも史実であるかのように語られることがある。これは、放置された偽情報が、時間の経過とともに「歴史」として固定化されてしまう典型例である。

「第5の戦場」で繰り広げられる認知戦

 いまや「第5の戦場」とも称されるサイバー空間では、日々静かなる戦いが繰り広げられている。官公庁や基幹産業にはサイバー攻撃が日常的に仕掛けられ、その都度、人体に侵入したウイルスを免疫機構が絶えず排除するように、水面下で対処がなされている。

 人間の認知そのものを標的とする「認知戦」もまた、私たちが気づかぬうちに展開されている。この戦いにおいては、従来の戦争概念のように軍人と文民を峻別することは不可能であり、ジュネーブ条約が想定する民間人保護の枠組みも十分には機能していない。すなわち、すべての国民が無自覚のうちに戦場に動員されてしまうのである。

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