ウクライナ戦線でのロシア軍の劣勢が次第に明らかになり、ただでさえ気分が優れないだろうロシア大統領ウラジーミル・プーチン(73)である。今回受けた屈辱によって、焦燥感をさらに強めたに違いない。
ソ連崩壊以降、新独立国家の多くがロシア離れを加速させる中で、アルメニアはロシアとの緊密な関係を維持してきた。人口わずか300万人のこの国は、ソ連時代にアナスタス・ミコヤン(1895-1978)がスターリン、フルシチョフ両体制下で要職を占めるなど、ロシアと共にソ連の政権メインストリームを構成していた。ソ連崩壊後は、隣国アゼルバイジャン領内のアルメニア人多数派地域「ナゴルノ・カラバフ」を巡る紛争を抱え、ロシアという同盟相手を手放すことができなかった。
しかし、アルメニアで2018年、民主化運動の末に現首相ニコル・パシニャン(50)が政権を握ったのを機に、プーチン政権との関係が悪化した。さらに2020年の第2次ナゴルノ・カラバフ紛争でロシアがアルメニアを支援しなかったことから、アルメニア国内世論が急速に反ロシアに傾いていた。
ロシアの「軍事同盟」加盟国に降り立ったゼレンスキー
首都エレバンで5月4日に開催された欧州政治共同体(EPC)首脳会議は、このような人々の意識を反映したかのようなイベントとなった。EPCは、2022年のロシアによるウクライナ全面侵攻を受けてフランス大統領エマニュエル・マクロン(48)が提唱し、欧州連合(EU)と他の欧州諸国との結束を強めようと始まった枠組みで、ロシアとベラルーシを除く欧州47カ国が参加している。多分に象徴的な組織だが、何せロシアの勢力圏と思われていたアルメニアに欧州連合(EU)の首脳たちが集まったのである。庭先を公然と荒らされたロシアにとって、衝撃は小さくなかっただろう。
加えて刺激的だったのは、ウクライナ大統領ヴォロディミル・ゼレンスキー(48)もそこに姿を見せたことだった。パシニャンが脱退の方針を表明しているとはいえ、アルメニアは依然としてロシアとの軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)」の加盟国であり、国内にはロシア軍も駐留している。考えようによっては襲撃の懸念さえあるこの地に、ゼレンスキーは万全の警備に支えられて降り立った。ロシアには、黙って見つめる以外にすべがなかった。
続く5、6両日には、国際刑事裁判所(ICC)所長の赤根智子(69)がエレバンを初めて訪問し、閣僚らと会談した。ICCは戦争犯罪容疑でプーチンに対する逮捕状を発付しており、ロシアの裁判所は報復として赤根らに有罪判決を下している。赤根の訪問受け入れは、ロシアの言いなりにはならないパシニャンの意志を示していた。
7日には、パシニャンが記者ぶら下がりの場で、その2日後にモスクワで予定されていた対独戦勝記念パレードへの不参加を表明した。プーチンの招待を袖にする態度だった。
アルメニアの一連の対ロ強硬姿勢の背景にあるのは、この地域で昨年以降劇的に変化した戦略環境と、これに伴うアルメニアと周辺国との緊張緩和である。
ロシアが「共通の敵」になったアゼルバイジャンとアルメニア
ナゴルノ・カラバフの領有権や支配権を巡って30年以上続いてきたアルメニアとアゼルバイジャンとの対立は、2023年にアゼルバイジャンが全面制圧した後もくすぶり、国境での小規模な衝突が相次いだ。両政府は声高に相手を非難し合い、和解の日は永遠に来ないように見えた。
ところが、両者は2025年に一転、協力し合うようになったのである。