<span>「企業変革」の視点から見る「森保ジャパン」――経営とサッカーに通うA面とB面</span>

「企業変革」の視点から見る「森保ジャパン」――経営とサッカーに通うA面とB面

2026年6月29日

企業変革は単なる問題解決ではない。失敗から見えてきた問題に応答することを繰り返すうちに、気づけば違う境地に達している。それが変革のプロセスだ。KPI等の論理的に説明できる成果が経営の「A面」とすれば、成果を育む大地としての「B面」は、変革のプロセスを通して踏み固められていった企業哲学のようなものだろう。そうした視点から日本サッカーを振り返ると、同様の「A面」と「B面」が見えてくる。

サッカーは負けるからいい

 20年以上、FC東京のサポーターをしています。Jリーグが開幕したのは私が高校生になったばかりの頃でした。当時はメジャーなものをそれだけで毛嫌いするような生意気な生徒で、だからなのか、まだ立ち上がったばかりのサッカーに惹かれていきました。自分はサッカーを一切やったことがないし、今でも全然できないのですが、サッカーが地域に根ざして、新しい日本の社会のあり方をつくろうとしているところに、高校生なりに共感したんです。

 当初、東京にはJリーグのチームがありませんでした。ようやく1999年に東京ガスフットボールクラブがFC東京になってJ2に参入し、翌年にJ1へ昇格します。その頃のFC東京は実業団とアマチュアの端境のようなチームで、決して強くはなかった。けれど、そんな彼らが、当時リーグを代表する選手だった中村俊輔選手や松田直樹選手を擁する横浜F・マリノスと粘り強く戦い、ときに勝ってしまうようなこともありました。

「FC東京の選手は自分そのものだな。うまくできないところもあるけれど、がむしゃらに頑張って生きていきたい」

 そんな思いで、私はこのクラブを応援するようになりました。

 ここで一つ、最初に断っておきたいことがあります。私はこのサッカーという世界の内側で勝ち負けに一喜一憂してきた、一人のサポーターにすぎず、専門的な知識は乏しいです。これから日本代表の話をしますが、それを経営の教訓を引き出すための素材として外から評論するつもりはありません。自分も一人の当事者として、この世界で経験したことをベースにして述べていきたいと思います。

画像
FC東京のサポータである宇田川氏

 そのように思うのも、私が研究してきた企業変革においても、こうした当事者としての観点から考えてきたことだからです。いま日本ではあちこちで変革が叫ばれていますが、変革と言うとどうしても目先の問題を解決しようという側面が強くなります。私が講演でいつもお話しするのは、問題解決を一度脇において、何が起きているのか、問題に分け入って全体を見てみようというお話です。いま見えている問題を解決するものではなく、起きている現象に分け入って見ていく入口として捉え直してみよう、ということです。
そうやって分け入ってみると、「従業員や顧客、取引先はこういうことで困っていたのか」という当初の「解くべきものとしての問題」とは違う顔が浮かび上がってきて、もっと大きなテーマが見えてきたり、違った角度から考える機会が見えてきたりします。

 なので、問題をただ解決するだけでは正直勿体ないな、むしろ、問題が色々あるというのは、扱い方を工夫できると、その会社が良くなろうとする資源ですらあるのではないかと思ったりもするんです。

 このようなわけで、変革というのは単なる問題解決ではなく、時間は必要なものでもあります。ある意味で、問題を見て、失敗し続けて、うまくいかないことが分かる過程だからです。何かこうではないかというものが見えてきてアプローチすると、またうまくいかないことが見えてきたり、違った問題が見えてきたりする。それをずっと繰り返すうちに、数年経った頃に以前とはだいぶ違う境地に達していることがわかる。それが私の変革のイメージです。そして、こういう過程は、やっている当人からすると、「ずっと失敗し続けている」という感覚がある場合もある。でも、それは良い負け、良い苦労だと私は思うのです。

 日本サッカーの歴史も、同じように私には見えます。ドーハの悲劇、フランス大会での3戦全敗、ドイツ大会でのチームの崩壊、あれだけ期待されたブラジル大会でのまさかのグループリーグ敗退。ロシア大会ベルギー戦の最後の失点。カタール大会での悔しい敗北となったクロアチア戦。サッカーは負ける。失敗もする。

 けれど日本は、その都度、良い負けを重ねてきたのではないかとも思います。負けを、解くべき問題の入り口として引き受け、ではどうするのかを考え、手を打ってきたという意味です。

 日本サッカーには歴史がないから強豪国には勝てない、と言われていた時代も長くありました。実際、1994年12月の加茂周監督の就任直後に行われた国際試合でアルゼンチンに大敗したあと、日本の選手がアルゼンチンの選手に、「俺達は100年サッカーをやってるんだ、と言われた」と語っていたのを覚えています。それはどういうことか、今ならば少しわかるような気がします。100年戦い続ける中で、たくさんの悔しい負けを経験してきた、ということなんだなと。負けた経験を積み重ねて、それを受け止めながら自分たちの応答としてのフットボールを構築してきた、そういうことではないかと思うのです。

 そして、このような負けの積み重ねを「良い負け」とすべく努力してきたのが、いまの代表の強さなのだと思います。負けを単なる失敗として捉える以上に、負けという経験を宝として、そこから新たな道を見出していくという考え方は、私自身が経営の現場から学んできたことでもあります。

おすすめの記事

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

おすすめの動画

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

ニュースレターを購読する

新潮QUEは、「問う力」を養っていくためのサブスクリプションサービスです。

無料登録する