2026年6月3日の夜中、日産は英国サンダーランド工場で中国の自動車メーカー・チェリー(奇瑞汽車)のクルマを生産することについて、法的拘束力のない覚書を交わしたと発表した。同工場の稼働率は5割近くまで低下しており、現地報道では存続を危ぶむ声が出ていた。
日本国内でも覚書締結が速報で伝えられ、SNS上では日本車メーカーは中国車の下請けに堕ちたのか、と一部で嘆きの声が上がった。かつて現地の日系メーカーで勤務した関係者によれば、1980~90年代の工場開設当時、喜んで英国産の日本車(日産、トヨタ、ホンダ)を買っていたイギリス人は、いま同じように抵抗感なく中国のEV(電気自動車)やPHEV(プラグイン・ハイブリッド車、充電できるハイブリッド車)に乗り換えているという。
かつて日欧貿易摩擦解消の先鋒と期待された日産英国工場で、何が起きたのか。中国車を現地生産するリスクとは何か。①供給網の問題、②安全保障の問題、③経営としての問題を、地経学の視点で考える。
変化する企業と政治の「適正な距離」
グローバル自由貿易が全盛だったコロナ禍までは、ビジネスの世界に政治が口を出すべきではない、というのが「常識」だった。日本では2010年の中国によるレアアース対日禁輸を機に経済的威圧が意識されるようになり、コロナ禍では医療用マスクや半導体の品薄に直面して中国依存の代償が意識されるようになった。むしろ政府(中国共産党)が企業・産業の在り方をトップダウンで決める国の方が、他国のチョークポイントを戦略的に握るなど、効率的な経済運営をしているようにも映った。
経済安全保障とは、経済・産業に安全保障の視点を織り込み、平時の時点から有事に備えることを意味する。言い換えれば、必要に応じて政府が産業・企業の在り方に口を出し、予算を出して支援もする一方、技術流出や輸出管理など深刻な事例では手も出すことが、日米欧など西側諸国でも常識となってきている。
他方で、企業が大きな海外プロジェクトを立ち上げるため、むしろ自分から進んで政治に頼る場合もある。1986年9月に開業した日産サンダーランド工場も、これに該当する。詳しい経緯は拙著『サッチャーと日産英国工場』のほか関係者によるものも含め日本語・英語の類書に譲るが、1970年代の石油危機以降、燃費のいい日本車は米欧で人気を博し、日本の好調な輸出が貿易摩擦に発展した。摩擦を回避するため、日本車は輸出から現地生産へ移行していく。ホンダは1979年に北米メアリーズビル工場(当初は二輪工場、82年からアコードを生産)を立ち上げた。
日産にも北米工場(1983年開設)計画があり、すぐに追撃するはずだった。だが社内の権力闘争によって「北米工場派」対「英国工場派」に割れ、意思決定に影響した。当時の川又克二会長と労組が北米工場、石原俊社長と経営陣が英国工場の先行を主張し、後者が英国政府、サッチャー政権に工場案を公表させたことで政治化した。川又は、政治に巻き込まれると撤退できなくなる、と世論リスクを警告していた。
フィージビリティ・スタディの結果、開設から10年は投資金額を回収できないことが判明し、日産は英国政府に工場開設を支援する補助金を要求。これに対しマーガレット・サッチャー首相は現地調達率60~80%(完成車の部品の6~8割を英国内で調達)を支給条件に英貿易産業省(現、ビジネス・貿易省)に交渉を命じ、フェーズ1(パイロット工場の立ち上げ)とフェーズ2(フル稼働)に至るまでの投資総額の2割に相当する補助金を複数年に分けて支給することで日産と合意した。サッチャー首相はいわゆる新自由主義者であり、規制緩和と支出削減の信奉者として知られるが、日産に対しては全く逆の顔を見せたことになる。こうした現地調達要求は自由貿易に逆行し、GATT(関税と貿易に関する一般協定)の規律に反するとされるものだった。
日産が現地工場計画のフィージビリティ・スタディと補助金交渉を実施していた当時、英国世論は決して「歓迎ムード一色」ではなかった。日本車メーカーが進出することで雇用が生まれ、最先端の生産技術に触れられることは好感された一方で、世界屈指の競争力を持つメーカーに対して多額の補助金を支払うことへの疑義があった。「日産が一人雇うと英国車メーカーで二人失業する」との風説も流された。こうした世論は、サンダーランド工場が開設されて雇用(工場だけで約6,000人)を生み、英国産の部品を多く採用する中で、徐々に消えていった。1992年、トヨタとホンダ(2021年7月にスウィンドン工場を閉鎖)も英国工場を開設した。トヨタは補助金を受け取らずに英国工場をバーナストン(完成車)とディーサイド(エンジン)に開設した。
仏ルノーが来て、去り、中国がやってきた
無理な海外拡張戦略と国内の合理化の難航によって経営難に陥った日産は1999年、仏ルノーとの提携で一命をとりとめ、カルロス・ゴーン社長は日産の業績をV字回復させた。現在は英国最大の年間生産能力60万台を誇るサンダーランド工場だが、1990年代の終盤に「プリメーラ」の現地調達率は9割近くまで上がり、年間生産能力を50万台に拡張して「パルサー(現地名アルメラ)」が生産ラインに加わった2000年、年産約32万台に達した。だがゴーンは2001年以降、合理化と称して部品供給を欧州大陸を中心とするルノー系列に置き換え、英国の現地調達率は4割まで下落した。
英国内からの調達率が低下するのと軌を一にして、本来は重要な売り先であるはずのEUへの関心も薄れ、2016年6月の英国のEU離脱を問う国民投票ではサンダーランド選挙区の離脱票は6割に達した。この開票結果について、一部の報道は驚きをもって伝えた。2020年1月、英国はEUを離脱した。
直近のサンダーランド工場では、EVの「リーフ」の他、欧州で人気の「キャシュカイ」などが生産され、かつては「ブルーバード」「マーチ」や「プリメーラ」など主力車を生産していた。現地の報道によれば、販売不振により工場の稼働率は5割近く(2025年)まで落ちている。そこへ救世主として現れたのが、中国の国有メーカー、チェリーだ。
チェリーは2026年1月に日産南ア工場の買収が報道されたばかりであり、同年4月にはスペイン・バルセロナ工場(2021年12月に日産が閉鎖、チェリーが跡地を2024年4月に買収)でも生産を開始した。また、サンダーランド工場での覚書を締結すると同時に、同じ英国のリバプールには商用車の開発拠点も開設している。一つ一つの拠点の評価が定まらない時期に矢継ぎ早に意思決定がなされる「非常識」な速度であり、日産自身の競争相手としても手ごわい。
仏ルノーとたもとを分かった日産は、過去には英国工場でルノー車を生産してEU市場で売ることを検討したとされるが、実現しなかった。英国政府のEV推進に足並みを揃えて部品供給を集積したものの、完成車を英国工場で生産するための提携候補が少なく、EV需要の伸び悩みもあり、2026年にはEV版キャシュカイの英国生産計画の中止を発表した。そして今回、生産と雇用を維持するための合理的な判断として選んだパートナーが中国車、という構図だ。
チェリーとの覚書締結は、自動車産業では定石ともいえる提携であり、歓迎する報道もある。だが結果として、再び政治に巻き込まれるリスクが無視できない。
チェリーの「ジェイクー7」は2026年3月、英国で最も売れたクルマだった。これを英国工場で生産する意義はある。英国世論も雇用維持の観点で歓迎しよう。だがサンダーランド工場は元々、人口約7,000万の小さな英国市場よりも、人口5億人近いEU市場への輸出のための工場だ。
そのEUでは、中国車や中国そのものに対する感情が悪化してきている。EUは産業加速化法案などを用意し、米中双方からの自立を目指し保護主義的な政策を打ち出した。こうした状況下、EU離脱国・英国のサンダーランド工場で生産された車には、例えばEU市場で、中国本土からの輸出車と同じ関税率を課される可能性が出てこよう。実際、1990年代に英国産の日本車が直面した政策論争がこれに近い内容だった。当時フランスやイタリアは、英国産の日本車を日本産の輸入車と同じ定義で扱い排除することを主張し、これに対して英国政府が強く反論、結果的に加盟国ごとに異なる日本側の輸出台数の自主規制に落ち着いた。
一方で今日では、英国はEU加盟国ではなく、政治の援護をあまり期待できない。EUは2021年4月以降、現地調達率4割(2024年1月以降45%)であれば英国からEUへの10%輸入関税を免除してきたが、英国政府はEUに対し、加速化法の下でEU域内での生産を要件としないよう求めており、EUの出方に対する懸念が広がっている。
従来の事業リスクと地経学リスクの違いとは
英国サンダーランド工場が開設された当時と今日では、どのようにリスクが異なるのか。これまで見てきたように、1980年代のサンダーランド工場開設に際しては、補助金を受けることで政府が口を出してきたり、世論の反発を呼び起こしたりするリスクがあった。また、世論の反発は補助金をめぐるものだけにとどまらず、失業問題などがレピュテーションリスクにつながる難しさがあった。
今日の事例はここに、中国という「特定国リスク」が加わることになる。日本は欧州諸国の安全保障上の脅威ではなく、現地メーカーのライバルという経済の文脈しかなかった。だが中国はアジア諸国の安全保障上の脅威であり、同時に欧州諸国にとっても、ウクライナに侵攻するロシアの支援国という意味で安全保障上の脅威、つまり政治リスク、世論リスクの種である。中国車メーカーの収益に貢献することは、ロシアを支援する中国の側に付くイメージがつきまとう。ハンガリーでは、中国からの投資を呼び込んだオルバン政権の退陣後、中国をはじめとする域外のEVバッテリー・メーカーの起こす環境問題が問題提起され、雇用を生むから歓迎という空気が一転して変わりはじめている。
ここで、日産によるチェリー車の受託生産について、3つのリスク(補助金、世論、特定国)を考えるため、①供給網の問題、②安全保障の問題、③経営としての問題をそれぞれ検討したい。地経学時代におけるリスクは、3つのリスクの組み合わせが複雑化したことが特徴である。
はじめに、①供給網の問題として、EV版の日産キャシュカイの英国生産計画が中止された後、2026年5月、日産系の部品サプライヤーであるジャトコはサンダーランドで生産・供給するイーアクスル(EVを駆動する基幹部品)の投資を中止すると発表した。前年の1月、ジャトコは英国サンダーランド工場で日産車向けの供給に4,870万英ポンド(約95億円)の投資を発表していた。年間最大34万基の生産を計画し、現地に「ジヤトコ英国会社」を設立、英国政府から5,000万ポンドの支援を受ける予定だったが、計画が中止された。英国工場で必要とされる部品は現地生産ではなく、海外から供給される可能性がある。
特にチェリーが国有企業であることから、政府・共産党の意向を強く受け、部品を英国・EUではなく本土から持ち込んで来るリスクが浮上する。これでは完成車の輸出に成功しても部品輸入が増えるため、英国の国際収支が悪化し、当初は工場での雇用維持を好感した世論も、時間の経過と共に離れていく可能性がある。中国本土は過剰生産問題を抱え、過酷な価格競争のしわ寄せは特に部品サプライヤーを襲っている。ゆえに英国への部品輸出は(全社的には焼け石に水だとしても)中国本土で好感される。これに対し、EUの反応は冷ややかになろう。チェリーは南ア工場の取得後、本土から部品サプライヤーを連れてくることを示唆している。
次に、特定国リスクと密接な、②安全保障の問題について考える。日米を含む同盟諸国にとっての仮想敵国の企業に生産ラインを明け渡すリスクとは、何か。まず想定できるのは、例えば生産技術や製造装置についての情報が相手国に渡り、これがデュアルユースや軍用に転用されるリスクだが、これらは地経学時代に入る以前からあった話だ。地経学時代の安全保障リスクは、ここに政治介入を招くリスクが直結しうることを意識する必要がある。相手国への技術依存や知財保護の視点に加え、中国からの部品の持ち込みに対して、完成車を輸出した先で高い懲罰的な関税などを課されるリスクが上昇する。
これは実際に中国から持ち込まれる部品の比率や国際収支に与える影響の度合いにもよるが、世論リスク・不買運動などのリスクと相まって、先に紹介した過去の事例のとおり、EUや加盟国から敵対的な扱いを受ける可能性がある。英国は日産進出当時はEU加盟国だったが、今は域内の意思決定過程に中で拒否権を持つ加盟国ではない。EUによる加速法の定義内容に域外から反対したところで、交渉においてEU側を代わりに満足させる取引材料は乏しいだろう。
最後に、③経営としての問題を考える。企業にとっての経済安全保障対応、地経学リスク・マネジメントは経営上の例外対応ではなく、むしろ経営そのものである、との指摘がある。特に必要とされるのは、調達、法務、リスク管理、広報・渉外など様々な社内部門間の横断的な対応力だと言われる。
この仮説が正しいとすれば、①供給網の問題と、②安全保障の問題にどのように対応するかが、今後の日産の英国工場のゆくえをある程度占うことになろう。いま日産が向き合うべきは、現地工場での受託生産に踏み切ったものの、相手(中国)企業の中までは「横断」して把握できないリスクが残っていることだ。つまり企業による経済安全保障対応の要諦が、このケースでは発揮できない。サンダーランド工場のライン1(チェリー車)に反中国的な視線が向けられた場合、ライン2の日産車にまで波及するリスクに対し、万全に備えることはおそらく不可能であろう。①供給網と併せ、相手企業との合意内容案の精査、英国政府とリスクに関する密接なすり合わせが必須となろう。
地経学時代の難しさは、①供給網の問題、②安全保障の問題、③経営としての問題、それぞれが個別に順番に浮上するのではなく、複合的なリスクとして渾然一体となり、同時に襲ってくることにある。他の西側諸国の政策によって横やりが入るリスクと、世論の反応がリスクとなる可能性が同時に存在する。その結果、これまでの常識では適切とされたはずの提携が、地経学時代においてはリスクになりうる。
日産は安全保障リスクが無いルノーなど西側諸国のメーカーではなく、中国市場で関係が緊密化していた中国車メーカーをパートナーに選んだ。今後、このパートナーシップを米欧市場でも前面に押し出すのであれば、図らずも地経学時代のリスクの矢面に立たされてしまう可能性もあるだろう。今後の推移に注目したい。