カルチャー

予算は1人600万円! インバウンド富裕層が殺到する「地方の知られざる名店」

2026年8月22日


<span>予算は1人600万円! インバウンド富裕層が殺到する「地方の知られざる名店」</span>
地方には豊かな食材がたくさんある(yoshimi maeda/Shutterstock)

東京や京都の外資系ホテルに宿泊し、食事はミシュラン星付きの超有名店に赴く――。近年、そんなインバウンド富裕層のステレオタイプなイメージを覆す動きが加速中だ。日本の地方、しかもあまり知られていない名店に、世界の富裕層が殺到しているという。

富裕層の主流になりつつある「ガストロノミーツーリズム」

 近年、かつてないほど多くのインバウンド(外国人旅行者)が日本を訪れている。2025年には4200万人に達し、消費額は約9兆5000億円となった。インバウンドの消費額は統計上、輸出額として計算されるが、自動車産業に次いで第2位となり、もはや日本経済を支える基幹産業の一つといっても過言ではないのである。

 しかしなぜ、インバウンドは日本を目指すのだろうか。電通が世界20の国と地域を対象に行った「ジャパンブランド調査2025」で、海外旅行経験者に「再び観光に訪れたい国」を聞いたところ、日本は2位の韓国に大差をつけてのトップ。しかも理由は「日本食を食べたいから」が1位なのである。さらに、一度でも日本の地方を訪問したインバウンドへ満足度・再訪意向を聞いたところともに90%以上で、地方への関心が高いことがわかる。

 地方へ行きたいと思っているのはインバウンドの中でも富裕層、とりわけ「新富裕層」と呼ばれる若い層に多い。というのも彼らは旧来のゴージャスな旅ではなく、人にまだ知られていない場所を訪れ、その土地にしかない文化に触れたり体験することを求めているからだ。

 東京や京都にあるミシュランの星付きレストランがいくら美味しいといってもすでに何万人もが訪れており、そのようなところには彼らは興味がない。辺鄙な場所にあろうとも、人があまり訪れていない場所を探したいのである。つまりは地方ということになる。
 こうした彼らの需要とマッチし、「ガストロノミーツーリズム」が富裕層の旅行形態の主流になりつつある。土地の食文化に触れること(ガストロノミー)を目的としたツーリズムで、世界中の富裕層が、観光やレジャーではなく食をメインに据えた旅行に繰り出している。

 ガストロノミーツーリズムの台頭は、10年ほど前から聞くようになった「フーディー」と呼ばれる人々の存在も大きい。彼らは広い意味で使われる「グルメ」や「美食家」とは一味異なり、食通であることに加えて食のために世界中を旅する人々を指す。

 年間2000万円以上を旅のために使っているという上海の実業家は、

「私たちは食のために旅をします」

 と語る。彼女はその土地ならではの食材を活用した料理を求めて、世界中を旅する。まさにガストロノミーツーリズムを楽しむフーディーの好例といえよう。

 日本の英字紙「ジャパンタイムズ」が2021年から行っているアワード「デスティネーションレストランツ」は、海外のフーディーたちを念頭におき、デスティネーションレストラン=わざわざそれを食べるためにその地方を訪れる価値のあるレストランを毎年10軒表彰する。対象の地域は東京23区と政令指定都市を除いた場所で、人口の少ない地方に素晴らしいレストランが増えていることがわかる。

 富裕層向けのオーダーメイドツアーの旅行会社を日本で営む私の知人によれば、一昨年最も多かった予算のリクエストは一人当たり600万円。5人家族の場合、一回の日本旅行の予算が3000万円まで膨れ上がる。こうした富裕層のための旅行プランの提案で極めて重要なのが、レストランの選び方だ。二つ星、三つ星には行き飽きているので、いかに人とは違うユニークな食の体験を提案できるかが勝負になってくる。

 では、「知られざる名店」を貪欲に求める世界の富裕層は、一体日本のどんなレストランに足を運んでいるか。私は昨年『世界の富裕層は日本で何を食べているのか?』(ダイヤモンド社)を上梓し、地方の美味なる店を450軒掲載した。その中から選りすぐりの店と、最新のおすすめの店を紹介したい。

レヴォの地元の食材を使った料理

人が簡単には行けない場所で、非日常感を味わえる食文化

 白木のカウンターの先には寿司職人、そして大きく設えた窓の外に広がる澄んだ海を眺めながら地元の湾でとれた新鮮なネタに舌鼓を打つ――。そんな贅沢な環境で絶品の寿司を楽しもうと、150万円のランチのために世界中から富裕層がやってくる離島がある。

 三重県の伊勢志摩の国立公園内にある間崎島(まさきじま)に店を構えるのが、「SUSHIYUTAKA ZEN」。間崎島に行くためには、まず名古屋から電車で約2時間かけて賢島(かしこじま)へ向かう。賢島から定期船で10分揺られ、ようやく間崎島に到着。ちなみにこの定期船は1~2時間に一本の運航だ。

「SUSHI YUTAKA ZEN」の一日一組限定、完全予約制の150万円のランチは、旬の地魚8貫に、落ちハモの吸い物や伊勢海老の味噌汁がつく。種明かしをすれば、実は150万円のうち140万円はヘリコプターのチャーター代。店にはヘリポートが併設されており、ヘリのチャーター代140万円とランチ2人分(7万2000円)で、約150万円という内訳だ。

 実は、これは私もゲスト出演した2024年12月のNHK『所さん!事件ですよSP』で放送された内容で、この寿司屋には年間約70組の世界の富裕層がヘリで訪れるという。

 富裕層は、人が簡単には行けない場所に自分たちだけが行き、非日常感を味わえる食文化の体験を求めている。しかも東京から約5時間かかる道のりがヘリだと90分で「時短」にもなるならば、喜んでお金を払うのである。

 間崎島に負けずとも劣らない僻地にあるのが、富山県南砺市利賀(とが)村の「L'evo(レヴォ)」というレストラン。正確に言えば宿泊施設を持つオーベルジュなのだが、客席が26席に対して宿泊施設は一日3組限定のため、宿の予約をとるのは至難の業だ。

 人口400人の山村にあり、富山駅からは車で1時間半以上かかる狭い山道を行くのだが、その辺鄙な地に年間1000人ものインバウンドが訪れる。彼らは谷口英司シェフが作る、富山の食材のみを使った唯一無二の料理を楽しむためだけに、この山奥までやって来るのだ。まさに日本のデスティネーションレストランの最たる例である。

 しかも、そこを訪れたインバウンドがレヴォの料理に感動し、食材生産者を訪れたことがきっかけで、いまやその米がアメリカ西海岸の寿司屋で使われている。一人のカリスマシェフがいることで、地域経済は確実に潤うのである。

 北海道十勝の帯広空港から車に乗って1時間。寂しい海に面したところにある「ELEZO ESPRIT(エレゾ・エスプリ)」も、シカやイノシシ、クマといったジビエ(野生動物)料理を供するデスティネーションレストランの代表例。食肉料理人集団と自身を呼ぶ「ELEZO」社の哲学は、人間は動物を食べて生きていくしかないのであれば「命を最後までいただくこと」。

 佐々木章太シェフの料理は、コンソメから始まり、シャルキュトリ(ハムやソーセージなどの加工品)、ステーキへと続き、一頭の動物を余すことなく食べる構成だ。エレゾでは狩猟・家畜の生産から加工、流通、料理の提供まで一貫して自前で行っているため、肉質の管理が徹底されている。

エレゾではジビエのフルコースが味わえる

世界でも日本人シェフの肉の扱いの丁寧さは有名

 野生動物の肉は世界中で食べられてはいるが、殺してからどれだけ速く、丁寧に処理するかが肉のクオリティに大きく影響する。世界でも日本人シェフの肉の扱いの丁寧さは有名で、エレゾのみならず日本のジビエ料理自体が世界のフーディーたちの注目の的だ。

 私がはじめて熊肉を食べたのは滋賀県の山奥にある郷土料理「比良山荘」の熊鍋だった。それまで私は「熊肉は臭い」という通説を信じていたが、ここの肉は脂がゼラチンのようにとろけ、美味しさに開眼した。

 かつては登山者と工事現場の作業員が行く素朴な宿や料理屋だった店が、都会では食べられないジビエ料理を提供していることが発見され、フーディーたちが訪れる名店へと変貌する例も多い。岐阜県にある「柳家」や「かたつむり」「いろりの郷 奈かお」などは、その典型だ。

 一方、都会のど真ん中もガストロノミーツーリズムの対象になり得る。北九州市の工業地帯の一画にある寿司店に来た外国人客の一人は次のように語った。

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