ドキュメンタリー|カルチャー

自然災害との「負け戦」を繰り返してきた人類が70年前の離島アウトブレイクから学ぶべきこと【直木賞作家・河﨑秋子インタビュー前編】

2026年9月13日


<span>自然災害との「負け戦」を繰り返してきた人類が70年前の離島アウトブレイクから学ぶべきこと【直木賞作家・河﨑秋子インタビュー前編】</span>
freedom100m/ shutterstock.com

ここ十数年、感染症の蔓延や大地震、異常気象など、自然の力がそれまでの私たちの生活や社会を大きく揺るがす事象が頻発している。だが、歴史を遡れば人間は古くから幾度もそうした事象を通して自らの無力に直面してきた。
かつて、北海道礼文島で起きたエキノコックス症の流行もまさにそのひとつ。もはや70年以上前の離島でのアウトブレイクと封じ込めを知る人は少ないが、2022年、直木賞作家の河﨑秋子さんがそれを題材に長編小説『清浄島』を書き上げた。
四周を海に囲われ、交通インフラも医療インフラも脆弱な離島で未知の感染症が広がった時、人々は何を思いどう動いたのか。不安の中でどんな日々を送り、いかに抗い、何を守り、諦めたのか。リアルな人間ドラマを通して直木賞作家が今の世に問いかけたもの、その真意を聞いた。

今なお、島に残るエキノコックス症蔓延の記憶

「エキノコックス症」は、主にキツネや犬などの腸内に寄生する寄生虫(エキノコックス)の卵が、人間の口から体内に入ることで感染する人獣共通感染症である。卵から孵った幼虫は主に肝臓に寄生してゆっくりと増殖する。潜伏期間が数年から十数年と非常に長く、初期はほぼ無症状だが進行すると重篤な肝機能障害などを引き起こし、放置すれば死に至る恐れもある。

 日本では主に北海道のキタキツネが感染源として知られているが、もともと国内には存在しない病気だった。1920年代に毛皮生産などの目的で千島列島から礼文島に移入されたキツネから感染が広がり、島内で大流行を引き起こしたという。これに対し、1948年から島に棲むキツネや野犬の全頭殺処分を始めとした徹底的な対策が行われ、礼文島での流行は完全に封じ込められた。が、時を経て1965年に北海道本土(根室地方)で新たな感染者が確認され、その後、感染は北海道全域へと拡大。行政などによる対策は続けられているが、今なお根絶には至っておらず、毎年20〜30名程度の新規患者が報告されている。

 河﨑秋子さんの『清浄島』は1954年の北海道・礼文島を舞台に、このエキノコックス症の撲滅に挑む人々の姿を描いた長編小説だ。主人公は北海道立衛生研究所の若手研究員、土橋義明。「腹が膨れやがて死に至る」風土病解明のため単身島に派遣され、奮闘を重ねる。研究者としての使命感や島民との交流をドキュメンタリーさながらの骨太な筆致でリアルに描き出しており、人間と自然の関わり方や未知の病に対する偏見の問題など、現代にも通じる普遍的な問題を扱った大作である。

 河﨑さんがこの小説を書こうと思い立ったのは2014年。もともと実家の北海道東の牧場で酪農従業員として働きながら、数十頭の羊を扱う羊飼いとして多忙な日々を送っていたが、2012年に「東陬遺事(とうすういじ)」で北海道新聞文学賞を受賞したのを機に専業作家としての道を歩み始めて間もない頃のことだ。礼文島におけるエキノコックス症の流行と封じ込めをテーマに選んだのは、子どもの頃からこの病気のことがどうにも気になって仕方がなかったからだという。

「北海道外の人は驚くかもしれませんが、キツネと言えば『エキノコックスの感染源』とまず連想するほど、両親にも祖父母にも口酸っぱく『キツネには近づいちゃいかん』と言われて育ちましたし、学校でもエキノコックス症の予防について『野生のキツネに近づかない』『沢水などを生飲みせず煮沸する』『山菜などをよく洗う』と習ったので、この『今現在も人間が根絶できていない感染症』のことはずっと気になっていました。

 それで調べてみると、北海道の本土で発症例が出るより10年前に礼文島で流行し、その封じ込めに成功した事実があり、研究者や島民のとてつもない苦労があったということがわかって。それを知った時、離島という海に囲まれた閉鎖的な条件で当事者たちは何を思いどう戦ったのか、そのドラマを書いてみたいと直感したんです」

 さっそく、河﨑さんは道立衛生研究所を訪ねてエキノコックス研究の第一人者に取材。2020年には礼文島へ行き、当時を知る島民にも話を聞いた。その過程で、かつての感染症との戦いの痕跡が今も尾を引いていることを知った。

「島の人たちに話を聞く中で印象的だったのは、彼らの犬に対する感情です。礼文島ではかつて、キツネから野犬、野犬からネズミ、そして人間へと感染が広がっていったため、感染源を断とうと島民のペットの犬猫を全て殺処分する対策がとられました。感染拡大を防ぐために必要だとはいえ、多くの島民が苦しみ、怒り、葛藤し罪悪感を覚えながら飼い犬・飼い猫を差し出したことと思います。だから現在でも、当時を知る世代は犬猫にまつわるトラウマを抱えていて『やっぱり犬はどうしても見たくない』とおっしゃるお年寄りがいました。一方で、当時を知らない人たちにはそうした感情や思いは一切ないわけで、小さな島内で世代によってこれだけ意識が違うことに驚きました」

「史実に基づくフィクション」の圧倒的リアリティ

 河﨑さんは小説の構想を練り、主人公・土橋義明を創造するにあたって実在の研究者をモデルにした。1950年代に礼文島でエキノコックス症の集団感染が深刻化した際、北海道大学の研究者らと共同で現地調査に当たった道立衛生研究所の服部畦作氏だ。1954年には、島の犬から初めてエキノコックスの成虫を確認し、感染サイクル(野ネズミ—犬—人間)の解明に大きな貢献を果たした。

「服部氏は、私がこの小説を書こうと思った時にはすでにご療養中でお会いできず、その後亡くなってしまったのですが、彼を始めとする研究者の方たちが残してくれた防疫関係の公式資料がかなり充実していたので、とにかくそれらを読み漁りました。まだエキノコックス症の研究が始まったばかりでわからないことだらけの中、地道に実地調査を進めた彼らの奮闘が脳裏に浮かぶようでした。

 また、防疫最優先で下されたお上の決定がどんなに効率的で理にかなったものだとしても、それが個人の自由をどれだけ制限し傷つけたかということに思いを馳せ、胸が痛くなりました。研究者、島民、役場職員、漁協組合員、島の子どもなど、それぞれの関係者の思いと行動、そこにどんな感情のぶつかり合いがあって、どんな問題が持ち上がったかを実際の記録から想像し、具体的なエピソードとして物語に組み込んでいったんです」

 一言で言えば「史実に基づくフィクション」ということになろうが、一読するとその圧倒的なリアリティに驚かされる。そこには、孤独な研究者の活躍がヒロイックに賞賛されたり、大げさに人が亡くなったりする描写は一切ない。どこまでも「現実感」がつきまとう生々しい場面の連続なのだ。

 例えば、島の漁師たちの迷信じみた慣習が障害となって調査が一時ストップしてしまった際、主人公・土橋は漁港での重労働の作業を手伝うなどして地道に人間関係を作り、何とか譲歩案を引き出す。他方、土地の有力者は将来立ち上がる島の観光産業に傷がつかないよう、その土橋から「礼文島の寄生虫は根絶された」という言質を取るために接待を持ちかける。土橋の調査を経て、病原体の島内での封じ込めのため犬、猫、キツネの全頭殺処分を行う他ないと結論が出た後は、役場職員がその「お上の決定」の実行役となり、少しでもスムーズに事を運ぶため島民に弁舌尽くして大義名分を語り、根回しに奔走する。「うちは泣く泣く引き渡したのに、あの家はまだ飼い続けるつもりか。エキノコックス症に罹ってもいいのか」——、そう近所に思われているのではという人間心理すら利用し、殺処分作戦はシステマティックに進められていく。

 物語の後半、主要登場人物のひとりである役場職員の山田が宴席で「茶番」を演じる場面も圧巻だ。泥酔して土橋や他の研究者らを執拗に詰った挙句、店を連れ出されるその姿を見て、土橋は最初は「山田さん、どうしちゃったんだ」と訝しむ。だが「感染症根絶のために仕方ない」と全頭殺処分に従った島民の昏い「本音」を、押し隠した不満を、山田は泥酔したふりしてあえて言いがかり交じりに代弁したのだ、それで島民の溜飲を下げさせたのだ、と気づいてハッとさせられる。

 具体的な場面を挙げればキリがないが、いずれも実際の光景が目に浮かぶようだ。人間の苦悩や矛盾、愚かしさとそれらに抗う知恵、優しさ——。そうしたものが本作には凝縮して描かれている。

「自分が当事者ならどう考え、どう動くだろうか」という問い

『清浄島』を読んでいると、多くの人が「70年前も現在も、人間の考え方も行動もろくに変わっていない」と感じるのではないか。そして、離島や僻地が置かれた現実もまた、当時と何ら変わってはいない。

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