<span>「道理」なき現代人はクマとどう対峙すべきか 「及ばぬ」ものとして正しく恐れ、向き合う【直木賞作家・河﨑秋子インタビュー後編】</span>

記録的豪雨や大型台風、熱波、大地震と人間がコントロールしきれない自然災害はいくつもあるが、数年前からそこに「クマ被害」が加わった。2025年度のクマによる人的被害は全国で238人(うち死亡13人)に上り、過去最多だった2023年度(219人、死亡6人)を大きく上回った。今年に入ってからも春先から夏にかけて各地で目撃や人身被害が報告され、都市近郊や住宅街、観光地での出没や被害が増加している。
長らく自然と人間の戦いを描き続けてきた作家、河﨑秋子さんは、この「クマが出るのが当たり前」の状況についてどう考えているのか。山に生きる男と巨大グマとの凄絶な死闘を描いた第170回直木賞受賞作『ともぐい』を軸に話を聞いた。

「自然の道理」に忠実に従って生きる異色の主人公・熊爪

 第170回直木賞受賞作『ともぐい』(2023年、新潮社)は、一言で表すなら「大自然と人間の剥き出しの命がぶつかり合う」凄絶なドラマである。舞台は明治後期、日露戦争前夜の北海道。海産物で栄える道東の町・白糠の喧騒から離れ、山奥で猟犬と共に生きる猟師・熊爪(くまづめ)が主人公だ。山で狩猟した獲物の肉や毛皮、山菜などを町で金や日用品に換える、そんな孤独ながらも静かな暮らしを送っていた熊爪はいくつかの偶然を経て、己の存在意義と命を懸けた巨大グマとの死闘へと引きずり込まれていく。

 作中、この主人公・熊爪が「道理」と呼ぶ自身の行動原理や判断基準が読者を圧倒し続ける。例えば物語の序盤、熊爪はある男を助けるが、その動機は人道的なものとはほど遠い。彼は言う、

「面倒臭え。それに尽きるのだ」

 と。もし手負いの男をこのまま放っておけば、クマに喰われることになる。そして、

「ひとたび人間の死体を食えばそいつは味を占める。山で出くわした自分を肉として見ることになる。それは良くない」

 だから仕方なしに人命救助を行うのだ。

 また、凶暴なクマとの死闘の後、自分を守って獣の爪にやられた犬に近づく熊爪の胸のうちには、犬への仲間意識も心配の情も一切ない。ただ、傷の深さを確かめようとするだけである。その傷に触れた時、犬が痛がって悲鳴をあげて睨んできたことで、ただひと言、

「なら、いいな」

 と呟く。その意味するところは、

〈傷は深い。もし触れても反応がないようだったら、ここでとどめを刺してやるところだった。痛みをもたらすものにまだ怒りを向けられるなら、生かす意味はある〉

 共に死闘を潜り抜けた相棒に対してこの物言い。人間界の尺度で言えば、あまりに「ドライ」である。

 もうひとつ極端な例を挙げよう。共に暮らす女が出産する際、もし子が産道に詰まって女もろとも死んでしまったら、という考えが熊爪の頭をよぎる。ここでも彼はその可能性に恐怖するでも女を気遣うでもなく、その場合、死体をどう処理するか、それだけに思いを馳せる。

〈厳冬の今、土に埋めることはできない。外の箱にでも入れて凍らせ、春になるまで待つしかないか。それとも、外に出して獣に食わせるのが良いだろうか〉

 こうした考え方は、自然と切り離された都市で生活を送る現代の私たち人間には一切理解できないものだ。自然の只中に身を置き、そのルールの中で生きる熊爪は私たちの対極にいる。自然のルールや掟がそのまま彼の行動原理や判断基準になっており、男を助けるのも、犬の傷を確認するのも、女が死ぬ可能性とその死体の処理について考えるのも、全て自然の中で己がどう生き抜くかに直結しているのだ。河﨑さんはそんなキャラクターを構想した理由について、

「人間社会の現代的なルールではない、生き物としてのルールに従って生きる人間というのを書いてみたいと思ったんです」

 と話す。そして、そのために昔の猟師が書いた本をいくつか読んだという。

「大正時代に道東の養老牛温泉(中標津町)を踏破し旅館養老園を開いた西村武重さんという方がいます。彼は山野を歩き狩猟や釣り、植物採集、鉱石発掘などに明け暮れた記録を自ら執筆していて、今もヤマケイ文庫(山と渓谷社)で読むことができるのですが、これがすごく面白い。戦中・戦後はまだ山の中にアイヌの集落が残っていて『冬に猟のついでに集落に立ち寄った際、アイヌの女性たちに囲まれて雑魚寝した』なんて話が出てきたりと、今では失われてしまった世界がとても明晰に記されているんです。彼のベースにあるのは人間的な理知や優しさなので熊爪とは全く違うのですが、自然の中に自らを位置付け、自然の道理に従って生きる人物を造形する上で大いに参考になりましたね」

道理なき現代人が直面するクマ被害

『ともぐい』の舞台となっている明治時代には、クマの領域と人の領域は明確に分かれていた。あえてクマの領域である山に身を置くことを選んだ熊爪は「自然の道理」にどこまでも忠実に従い、その道理をあまりにも外れた振る舞いをするクマや人に対しては激しい怒りと嫌悪感を示した。

 時を経て現代、過疎化による里山の消失や耕作放棄地の増加を背景に両者の領域を区切っていた境界が曖昧となり、クマは人間の生活空間にまで日常的な脅威として入り込んできている。

 熊爪が今、生きていたとしたら、街でエサを漁るクマたちの道理を外れた行動に怒るだろうか。それとも、先に道理もなしに乱開発を続けた人間の自業自得だと笑うだろうか。いずれにせよ、自然の道理から遠く離れた現代人は今、激増し続けるクマ被害を前に途方に暮れている。

 もちろん、具体的な対策が取られてはいる。対処療法的に街に現れるクマを駆除するとともに狩猟で頭数を調整し、人の生活圏からクマを誘引する要素を極力減らして互いに適切な距離を保つ「棲み分け(ゾーニング)」を行うことで、なるべく人とクマとの接触を避けるよう努める。その上で何とか人間の生活と生産活動を維持していく他ない、というのが専門家や行政の共通認識となりつつある。

「及ばぬ」ものを恐れ、認識することから

 こうした新たな状況に対応するためには、まず人間があらためて自然を「及ばぬ」ものとして正しく恐れ、認識することが大事なのではないか、と河﨑さんは言う。「及ばぬ」とは、彼女の初期の長編小説『颶風の王』(2015年、角川書店[KADOKAWA])に出てくるキーワードだ。

〈及ばぬ。人の意思が、願いが、及ばぬ。(中略)地も海も空も、人の計画に沿って動いてはくれない。祈りなど通じず、時に手酷く裏切ったりもする。それは人がここで生き、山海から食物を得るうえで、致し方ないことなのだ〉

 人間の「こうなるはず」「こうしたい」は、自然の「及ばぬ」力の前ではことごとく頓挫したり、思わぬ方向に行ったりしてしまう。現代人はこの「及ばぬ」ものへの恐れや距離の取り方を忘れがちだが、河﨑さんは作家活動の初期から現在に至るまで、人間と「及ばぬ」ものとの向き合い方をテーマに小説を書き続けてきた。そのベースとなっているのが、彼女自身の牛飼いや羊飼いとしての経験である。

「生き物を扱う生産活動に携わっていると、どうしようもないことが非常に多いんです。牧場経営においては『牛を増やし、施設を拡充すればこれだけの増益が見込める』と予測を立てて投資をし、綿密に来シーズンの経営計画を立てたとしても、思い通りにいかないことがほとんど。気をつけて予防していたはずの病気に罹って牛が多数死んでしまったり、異常気象で牧草の育ちが良くなかったり、国際情勢の激変で資材が予想を超えて高騰したりと、無数の『及ばぬ』要素が影響してくるためです。かつての北海道の開拓史を繙いてみても、新しい作物を試してみたけどうまくいかなかったとか、うまくいったと思ったら冷害やイナゴの大量発生で全滅したとか、まさにトライアンドエラーの連続です。

 家畜と接する際にも注意が必要で、畜産家が牛に突進されて亡くなってしまう事故は実際にあります。以前、北海道のある牧場ではお年寄りや子どもを見ると襲おうとする牛がいたという話を聞いたことがありますし、私が子どもの頃には、母が羊に頭突きされて腿に大きなアザを作ってしまったこともありました。

 一歩間違えば詰んでしまう、命を落としてしまう。そういう怖さが自然を相手にすること、生き物を相手にするということなんです。その中で『及ばぬ』ものを恐れることはとても大事。自分ではどうしようもないことが起こり得ると自覚するのは不安ではありますが、それによって必要な準備や対策に身が入りますし、実際にどうしようもないことが起こった時のための心構えもできます」

 自然や生き物を相手にする際には、それらをコントロールしようとするのではなく、まず「及ばぬ」ものとして恐れ、距離を取らねばならない。そして、その上で重要なのは「及ばぬ」ものを前提とした行動原理や判断基準を持つことだ。

「例えば、牧場に弱っている羊が1頭いたとします。人間の自然な感情に従えば、何とかその羊を救ってあげる努力をすべきなのでしょうが、『自然の道理』を鉄則とする熊爪に言わせれば『弱ったら淘汰されて当たり前』です。では、羊飼いとしてはどうかと言うと、羊が復調する可能性にかけて経過を見守るか、弱った羊を養育する時間・費用面でのコストを考慮して早い段階で食肉として出荷するかを、経験則とその場の状況から見極めることになります。そういう判断の積み重ねがあるから、生き物相手の生産活動が成り立つんです」

「クマが出るのが当たり前」を生きるための新たな「人間の道理」を打ち立てる

 昨今のクマ被害についても、熊爪が自然の中で、河﨑さんが牧畜業に携わる中で「及ばぬ」ものへの恐れを前提に確立した行動原理や判断基準、つまり新たな「道理」を打ち立てる必要があるのではないか、と続ける。

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