<span>ゲームをやめずに“背伸びの渋幕合格”を実現した親子が疑う「応用問題に手を出す時期」</span>
渋谷教育学園幕張中学校

結果だけを見れば、「渋幕合格」という華々しい体験談ということになるのだろうか。しかしその実、度重なる不安と迷い、そして二度の「挫折であり転機」を乗り越えた上での結果に他ならない。「とりあえず塾に入ってみよう」からスタートしたごくごく一般的な中学受験家庭が、最後までやめられなかったゲームとどう付き合い、最難関校合格をものにしたか。その過程で疑ってかかった「応用問題に手を出すタイミング」なども含め、本音の体験談を明かした。

ノートを嫌がる息子

 首都圏における中学受験率は約20%。必死に勉強を重ねた約5万人の猛者たちが、各校の限られた椅子を奪い合う世界なのだから、いわゆるトップ中学に合格するということがどれほどの難易度であるかは想像に難くない。

 近年、息子をその舞台へと送り出した大泉綾乃さん(仮名)は、かつての中学受験経験者だ。中堅校と称される中高一貫校の出身だが、自身は「いわゆる“ゆる中受”寄りだったので」と謙遜する。こうした背景ゆえか、「是が非でもというほどではないものの、もし本人が興味を持ってくれたら」というスタンスで、中学受験を意識した子育てをしていた。

「息子は大人しい方だったこともあり、中学受験をして、感覚の近い子が集まる学校に行く方が良いのかなという思いはありました。私も中高一貫校に入ったことで、波長の合う友達が何人もできましたので」

 小学校に上がった頃から問題集を一緒に解いてみるなどして、「勉強がそれほど嫌いではないか様子を見ていた」という大泉さん。各塾が本格的な指導カリキュラムをスタートさせる小3の2月に、有名塾の一つに足を踏み入れた。

「いくつか体験授業を受けた中で、一番本人が楽しそうにしていたところに決めました。大人しい子だったはずが、その塾でだけ積極的に発言していたんですよね。そこを選ばない選択肢は当時ありませんでした」

 通塾は週に3回。授業がない日は塾の宿題や教材を中心に取り組む。

「公立中出身でそこまで中学受験へのこだわりがなかった夫は、進んで家事を引き受けてくれました。私は毎朝、その日の学習分をプリントにまとめ、夕方に息子がそれを解き、私が帰宅したら一緒に勉強内容を確認するというルーティンでした。息子はノートを使うのを嫌がったので、テキストをひたすらコピーしなければならずなかなか骨が折れましたね。それなりの量は出していたつもりですが、『今日は簡単だった』などと言われる日もしばしば。どこか余裕はみられながらも、『まあこのくらいかな』という具合で毎日学習量を考えていた感じです」

 大規模な校舎ではなかったものの、塾内では上位クラスを維持。勉強自体をそれほど苦に感じていた様子もなかったという。ただし、

「ゲームが本当に好きだったので、その扱いには苦労しました。マインクラフト、スーパーマリオ、ゼルダの伝説、スマッシュブラザーズなど、Nintendo Switchの人気ゲームは一通りやっていたでしょうか。フォートナイトにハマっている時期もありましたね。時間を決めればいいのか、試験前などは完全禁止すべきなのか、親としては常に迷っていましたが、少なくとも小6になるまでは息抜きとして必要かと思い、時間を管理する方向で対処していました」

 結果的には最後まで手放せなかったというゲームとの向き合い方は、記事後段で再度振り返ることとしよう。

『ゲームしながら受験で勝つ!─医師が教える子どもが自ら学び出すセルフコントロール力─』(阿部智史著/新潮社)

二度の「挫折であり転機」

 大泉家の受験生活に訪れた最初の転機は、塾通いが始まって1年ほど経った頃だったという。

「小5に上がる頃でしょうか。上位クラスから一気に数段階、落ちてしまったことがあったんです」

 多かれ少なかれ競争に晒されるのは、有名塾の宿命か。それまでが順調な歩みであったがゆえに、親子ともどもショックは大きかった。

「『たかが一度クラスが落ちたくらいで……』と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、私たち親子にとっては突如訪れたはじめての挫折。息子もかなり落ち込み、涙ぐんでいる様子でした。ここで『もう辞めたい』という弱音も出るかなと思ったのですが、本人から出てきたのは『絶対次で上に戻る』との言葉だったので、それを聞いて、この子なら最後まで頑張れると思いましたね」

 以降は再び上位クラスが定位置に。とはいえそれほど大規模な校舎ではなかっただけに、「トップ中学を狙えるレベルであるかどうかは全くの未知数だった」と大泉さんは回想する。

 やがて、本人にとって「行きたい学校」が明確になってくる。学校見学に訪れた際にピンときたという、渋谷教育学園幕張中、通称「渋幕」だ。今や“御三家”にも劣らぬ偏差値と人気を誇る最難関中学の一角である。やや背伸びの感も否めないとはいえ、「本人の意思で目標が定まったことはよかった」と大泉さんは語る。半面、その目標の高さゆえに、苦しさを感じる機会は増えていった。

「小6のはじめは、成績が伸び悩んでいましたね。基礎的な問題は得意だったのですが、少し難易度が上がってくると対応できないことが増えてきました。その頃、テストで基準を満たすことができず塾の渋幕専門コースに入れなかったことが、本人としては相当ショックだったみたいです。あれだけ渋幕への思いを募らせていたので、私も気持ち的に堪えるところがありました」

 割合だけで見れば、「専門コースから何人合格者が出るか」という厳しい世界だ。そこにさえ入れないとなると、不安と焦りはますます強まることになる。

 こうした中、事態が好転するきっかけとなったのは、小6の夏休みだった。

「普段通う校舎の夏期講習に加えて、同じくらいの学校を目指す子たちが一堂に会する集中特訓に参加したことが、本人には一つのきっかけになったみたいです。はじめて他の校舎の子たちと一緒に授業を受けて、文字通り『渋幕を目指している中で自分が一番下』だと思い知らされた。渋幕を併願する開成志望の子たちを前に、渋幕志望であることを口にするのも憚られたと後から聞きました」

 しかしこれが「火が付くきっかけになった」と大泉さんは語気を強める。

「それまでは、“塾があるから行く”“宿題が出たからやる”というスタンスがぬぐい切れないところがあったのですが、この夏に覚えた危機感から、明らかに本気になったのがわかりました」

 我が子にもっと本気になってほしい――。そうお悩みのご家庭にとっては、普段の校舎から一歩外に出る経験を早めに積んでおくことも、一つのヒントとして受け止められるだろうか。

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