文明社会では依存性があるもの、性的なもの、暴力的なもの、あるいは身体に害を及ぼすものには、子どもを守るために年齢制限が設けられています。ところが、子どもがSNSを開けば“依存” “性” “暴力” “身体的な害”という4つの害悪のあるものすべてに、一度にさらされます。
誰もがなにかがおかしいと気づいていました。しかし、どうすればいいのか、わからなかった。世界中の人間が問題を認識していたが、「裸の王様」の寓話のように見て見ぬふりをしていたのです。
なぜ、こんなことになってしまったのか。その出発点は、2010年から15年までのわずか5年間にあります。
初代iPhoneは2007年に登場しましたが、10年代初めの時点ではスマートフォンを持つ10代はまだ少数派でした。ところが15年頃になると、豊かな国々の若者の間でスマホが一気に普及します。少なくともアメリカでは、Instagramが若者の生活の中心になりました。
この5年間で、こども時代のあり方は根底から変わったのです。
私は著書『不安の世代』(西川由紀子訳、草思社、2026年1月刊。原題は『The Anxious Generation: How the Great Rewiring of Childhood Is Causing an Epidemic of Mental Illness』、2024年刊)で、この変化を“子ども時代の大いなる組み替え”と呼びました。
我々は現実世界では子どもを過剰に保護する一方、オンラインでは無防備と言っていいほど放置してきました。1980年代以降、自由に外で遊び、危険を少しずつ経験し、自分で問題を解決する“遊び中心の子ども時代”は衰えていった。代わりに“スマートフォン中心の子ども時代”が、2010年代初めに一気に広がりました。子どもにとって自由な遊びは、単なる気晴らしではありません。子どもは友達との衝突や仲直り、小さな失敗や冒険を通じて、不安を乗り越える力や人間関係の作法を身につけます。我々は子どもからそういう発達の場を奪いつつ、比較、評価、炎上、見知らぬ大人との接触が絶えない世界をそのポケットに入れてしまったのです。
子どもたちは現実世界からオンラインへ移り、一日の多くを画面の中で過ごすようになりました。その直後、欧米の若者の間には、うつ、不安、自傷行為という巨大な波が押し寄せました。
これは偶然ではありません。
若い女性に残酷な環境
現在、SNSの過度な利用とうつ、不安、摂食障害との関係を直接示す研究は数多くあります。とりわけ大きいのが、10代の女子への影響です。心理学的な研究の結果や、SNS企業から流出した資料など、様々な証拠が同じ傾向を示しています。
若者のメンタルヘルスの悪化については、2008年の世界金融危機が原因だという説明もあります。しかし、その影響は12年、13年頃にはすでに峠を越えており、その後の急激な悪化を説明できません。
〈ハイト氏は『不安の世代』で、米疾病予防管理センター(CDC)などの統計を引き、アメリカでは10年から21年にかけて、10~14歳女子の自殺率が167%上昇したと指摘している。男子の上昇率は91%だった。自殺率そのものはなお男子の方が高いものの、女子の増加率が突出しているのである。
自傷行為でも同様だ。自らを傷つけ、緊急治療室で治療を受けた10~14歳の女子の割合は、10年から20年までに約3倍となった。
変化はアメリカだけのものではない。イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどでも10年代初めから、若い女性の不安、うつ、自傷行為の増加が確認されたという。〉
女子と男子では、傷つき方が違います。
女子を惹きつけたのはInstagram、Pinterest、Tumblrのような画像を中心とするSNSでした。そこで彼女たちを待っていたのは自分の容姿や暮らしを、絶えず他人と比較させられる世界です。
髪、肌、生活、体つきまで、一日中、他人から評価され、コメントされる。成長途上の少女を終日、品評会に放り込むようなものです。
しかも、画面に流れてくる“平均”は現実の平均ではありません。
選び抜かれ、加工され、最も美しく見える瞬間だけが並んでいる。そのため、多くの少女が“自分は平均以下だ”と感じてしまう。若い女性にとって、これほど残酷な環境はありません。
思春期は、脳の可塑性が非常に高い“感受性期”です。おおむね9歳から16歳という、自己像や対人関係の基礎が作られる時期に、毎日何時間も短い動画や他人からの評価を浴び続ける。
その影響を、大人が一日数時間利用する場合と同じように考えることはできません。
男子は依存に陥りやすい
かたや、男子も深刻な打撃を受けています。ただ、男子についてはSNSの影響だけを見ていては本質を捉えられません。
注目すべきは、彼らのドーパミン報酬系です。男子は依存に陥りやすく、そこを狙って利益を上げる産業がいくつも生まれました。
中心にあるのはゲームですが、ポルノやオンライン賭博も同じです。
いまのアメリカでは、あらゆるものが賭博化しています。子どもでさえ、オンラインで賭け事に参加できる。そして、あらゆる場所にポルノへの入り口がある。
こども向けのサービスであるRoblox(オンラインゲームのプラットフォーム)でさえ、成人向けサイトへの誘導が入り込むことがあります。
男子への影響は、依存、社会からの離脱、そして人生の次の段階へ進めない“自立の失敗”として表れます。
アメリカでは、いまや30歳前後になったZ世代の男性の中に、親元を離れず、結婚をせず、仕事にも就かず、ゲームとポルノに多くの時間を費やしている人が少なくありません。
女子が“他人からどう見られているか”という終わりのない評価に追い詰められる一方、男子は、ゲーム、ポルノ、賭博が与える終わりのない刺激の中へ沈んでいくのです。
SNSが子どもに与える害を、私は大きく3つの“バケツ”に分けています。
第1は“機会費用”です。有害な投稿を1つも見なかったとしても、画面に奪われた時間そのものがこどもから何かを奪います。アメリカの10代は、TikTokやYouTubeを含むSNSに、1日平均でおよそ5時間を費やしています。13、14歳の約4人に1人が、1日7時間以上使っているという調査もあります。
4つの根本的な害
『不安の世代』では、この“機会費用”がもたらす4つの根本的な害を挙げました。社会的な経験の剥奪、睡眠不足、注意の断片化、そして依存です。
この4つは別々に起きるのではありません。夜遅くまでSNSの画面をスクロールすれば睡眠時間を失い、翌日の集中力が落ち、対面の会話が減り、さらにSNSに逃げ込む。互いに強め合う循環になります。
仮に子どもが毎晩30分ずつ睡眠時間を失い、それが子ども時代を通じて続いたらどうなるでしょうか。発達途上の脳と身体にとって、非常に深刻なことです。
失われるのは睡眠時間だけではありません。
友達と交流すること。匂いを感じること。走ること。日光を浴びること。顔を見て会話すること。失敗し、仲直りし、自分で問題を解決すること。
そうした人間の成長に欠かせない経験が削られていく。ただ座り、ただスクロールする。それだけでも、若者の幸福感が低下し、精神的不調が増えたことのかなりの部分を説明できるでしょう。
“直接的な被害”もあります。
毎年、膨大な人数の10代が、性的脅迫、いわゆる“セクストーション”の標的になっています。裸の画像などを送らせ、それを公開すると脅して金銭を要求する犯罪です。
被害に遭った子どもは、激しい恐怖と羞恥に襲われます。アメリカでは性的脅迫を受けた少年が、その日のうちに自殺し、後にFBIの捜査でセクストーションが原因だったと確認されたケースが数十件あります。
実際の被害は、それよりはるかに多いと考えられます。とりわけSnapchatのように写真や動画、メッセージが消えるサービスでは証拠が残らず、遺族にも原因が分からないことが多いからです。
薬物の売買もあります。子どもがSnapchatで買った薬物にフェンタニル(麻薬性鎮痛薬)が混入していて、命を落とす。性的脅迫者、薬物の売人、性犯罪者、人身取引に関わる者たちに子どもが直接つながってしまうのです。
“SNSの利用そのものによるメンタルヘルスの悪化”もあります。
これまでの研究上の論争は、この害に集中してきました。
私たちの研究グループは、SNSが子どものメンタルヘルスを損なうことを示す7つの異なる証拠を整理しています。
実験、SNS企業から流出した資料など異なる証拠が積み上がっています。
それぞれの証拠に弱点はあっても、様々な証拠が同じ傾向を指していれば、SNSの利用と子どものメンタルヘルスの悪化に相関関係があると考える根拠は強くなります。
SNS企業の罪
SNS企業に十分な責任を負わせられてこなかったという、アメリカに特有の事情もあります。
通常、先進的な資本主義社会では企業の技術革新を促す一方、設計の悪い製品が人を傷つければ、訴訟や規制というフィードバックが働きます。
ところがアメリカでは、1996年に成立した通信品位法第230条によって、利用者が投稿した内容についてSNS企業の法的責任を問うことが難しくなりました。
企業は事実上、責任追及を免れたまま子どもの“注意”を奪うことを競い合いました。
子どもを依存させる仕組みを作り、その危険性を知りながら隠し、社会に対して事実を歪めてきた。これが私の見方です。
アメリカでSNS企業が、70~80年代のたばこ会社になぞらえられるのは、そのためです。
とりわけMeta、Snapchat、TikTokの責任は重いと考えています。生物学的な原因を除けば、これほど大規模に子どもを傷つけた存在はほかにほとんどありません。
では、日本の場合はどうか。もっとも、日本を欧米とまったく同じ物語で説明することには、慎重であるべきです。
日本では2012~13年頃に、欧米と同じような若者のメンタルヘルス悪化の急増は確認されませんでした。日本には以前から若者の自殺やいじめという深刻な問題がありますが、少なくとも10年代初めには欧米と同じ大きな上昇は見られなかった。日本で起きていることは、時間軸が違うのです。
〈ハイト氏と、共同研究者であるカーメン・フイ・ジン・リム研究員、心理学者ラヴィ・アイヤー氏の3氏が進める新たな共同研究では、警察庁などの公的データを基に、日本と韓国の若者の自殺や自傷行為の推移を分析している。その研究資料からは、日本ではむしろ“時計の針が遅れて動き始めた”可能性が浮かび上がる。日本での自殺者数は長期的には減少している。25年には1万9188人となり、現在の統計が始まって以来、初めて2万人を下回った。ところが、10代、20代の自殺死亡率は横ばいから上昇傾向で推移している。24年には10~39歳の各年齢階級において自殺が死因第1位となった。とりわけ異変が目立つのが女性だ。同年の小中高生の自殺者529人のうち、女子が290人に対して男子は239人。25年も538人中、女子280人、男子258人と、2年連続で女子が男子を上回った。さらに自傷や自殺未遂などによる0~19歳の女性の救急搬送率は、16年の人口10万人当たり15.7人から、23年には44.0人へと約2.8倍になった。同年代の男性では同じ期間に7.0人から12.0人への増加だった。〉
国によって時計の進み方は違います。それでも、最も大きく動いている針が“思春期の女子”である点は、奇妙なほど共通しています。では、我々はどうすればこの罠から抜け出せるのでしょうか。これは個々の家庭だけでは解決できない“集団行動の問題”です。1人の親が子どもからスマホを取り上げても、同級生全員がSNSをやっているならその子だけが仲間外れになってしまう。だから親は、危険だと分かっていてもスマホを与えてしまう。全員がこの罠にはまっています。だからこそ、全員で一緒に抜け出さなければなりません。
私が提案している新しい規範は4つです。
第1に高校進学前、アメリカでいえば14歳になるまではスマートフォンを持たせない。第2に16歳まではSNSを使わせない。第3に学校をスマートフォンのない場所にする。そして第4に現実世界で子どもに自立を許し、もっと自由に遊ばせることです。
問題はスマートフォンを取り上げれば解決するというものではありません。私たちは、子どもをスマホから遠ざけると同時にスマホが奪ったものを返さなければならない。友達と自由に遊ぶ時間。外を走り回る時間。大人の監視を離れて冒険し、失敗し、自分たちで問題を解決する時間です。
AIが人間同士の“関係”を乗っ取る
さらにいま、私がSNS以上に警戒しているのがAIです。SNSは人々の“注意”を乗っ取りましたが、AIは人間同士の“関係”そのものを乗っ取ろうとしています。AIとしか関係を結ばない人は、かえって深い孤独に陥ります。今後、若者が自分の人生には意味がある、自分は誰かに必要とされていると感じることも難しくなるでしょう。AIが情報を与え、性的欲求を満たし、心の支えにまでなるなら、私たちはお互いを必要としなくなるからです。
私たちは、情報を得るためにも、性的な関係を求めるためにも、慰めや支えを得るためにも、人間を必要としなくなるかもしれない。このまま進めば子どもはAIを組み込んだ玩具に育てられ、AIの恋人に恋をし、AIのセラピストに悩みを相談するようになるでしょう。それは子どもの発達を深刻に歪め、人間同士の関係を破壊する可能性があります。
SNSは子ども時代をスマートフォンの中へ移しました。AIは次に人間関係そのものを、人間の外へ移そうとしているのです。