「基地か、経済か」を超えた根源的な問い
沖縄県知事選は長らく「基地か、経済か」という図式で語られてきました。
基地問題に正面から向き合い、日本政府との対峙をいとわない候補と、経済振興を優先し政府との協調を重視する候補。有権者はそのどちらを選ぶのか、という問いかけが繰り返されてきたわけです。
ところが今回は、玉城デニー知事も古謝玄太氏も、ともに「経済」を選挙戦の中心的な争点として打ち出しています。つまり、従来の「基地か、経済か」という図式が成り立ちにくくなっているのです。
では、両者の違いはどこにあるのか。
私はそれを、もっと深いところ、より“根源的な問い”として見ています。それは「沖縄はどうあるべきか」という問いであり、換言すれば「日本政府とどういう距離感を持つべきか」という問いです。さらに踏み込むなら、沖縄のアイデンティティをめぐる対立が、今回の選挙の底流にあるように思えてなりません。
古謝玄太氏は選挙演説の中で「右でもなく左でもなく前へ」と訴えています。「誰かのせいにしない沖縄を作りたい」とも言っています。これはつまり、基地問題も経済問題も、政府や国際情勢のせいにせず、自分たちが今できることを前向きにやっていこうという姿勢です。言うなれば「割り切ってしまおう」という選択肢の提示です。
一方、玉城デニー知事は「誰一人取り残さない社会」を掲げ、沖縄の歴史や“うちなんちゅ”としてのアイデンティティを強調し続けています。県政の抱える問題を「自分たちだけの問題」として捉えるのではなく、歴史を踏まえながら、日本政府との関係の中で問題提起していく姿勢です。こちらは「割り切れないでいよう」という選択肢の提示です。
「割り切るか、割り切らないか」――。この問いが、2026年の沖縄県知事選の本質ではないかと私は考えています。
また、もう一つ見落としてはならないのが、下地幹郎氏の選挙戦からの撤退です。当初は玉城氏、古謝氏、下地氏による三つ巴の構図が想定されていました。しかし下地氏は自民党本部との政策協定を結んだうえで出馬を撤回し、古謝氏支持に回りました。この動きは、中央の自民党による働きかけがあったとも言われています。そして下地氏の撤退以降、玉城氏は辺野古移設反対をより鮮明に打ち出すようになりました。「中央政府との距離感」という問いもまた、県知事選の構図を理解する上でのキーワードとなるでしょう。
分断と退潮の10年 「オール沖縄」の現在地
玉城デニー知事の支持母体だった「オール沖縄」。その言葉が生まれたのは、いまから10年以上前のことです。
その出発点を振り返ると、それは決して革新陣営だけの運動ではありませんでした。「辺野古に新基地を作らせない」という一点で、保守も革新も、経済界も市民団体も結集した、文字通り「オール沖縄」の運動でした。金秀グループの呉屋守將会長が玉城氏の後援会長に就いたことに象徴されるように、沖縄経済界の有力者たちもこの運動に名を連ねていたのです。
しかし今回の選挙で、玉城陣営は「オール沖縄」という言葉を使わず、代わりに「県民党」を掲げています。
なぜかといえば、「オール沖縄」のイメージが悪くなってしまったからですが、この変化は一夜にして起きたわけではありません。
コロナ禍の観光業への打撃など、沖縄経済の不調を理由に、2020年に呉屋守將氏が後援会長を辞任して以降、経済界の保守系の支援者がオール沖縄から離れていきました。結果的に社民党や共産党など、旧来の「革新」的な色合いが強まってきた。
また、辺野古の工事は、反対運動が続く中でも着々と進んでいきました。反対を続けても工事は止まらない、という現実の積み重ねによって、若い世代を中心に「諦め」が広がっていったのです。
直近の世論調査を見ると、ある特徴が見て取れます。かつては「辺野古移設反対」は県民全体の6割程度を占め、賛成は3割程度という状況が続いていました。ところが最近の調査結果では、反対が2〜3割にまで落ち込んでいます。ところが賛成が増えたかというと、そうではなく、賛成も変わらず3割程度なのです。一方で増えたのが「わからない」という回答で、これが3割程度まで増えています。数年前と比べて倍増に近い数字です。