この著者の記事
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大田昌秀:辺野古移設「反対」と知事選敗北
普天間飛行場の移設先として辺野古沖に撤去可能な海上ヘリポートを建設する案が浮上する。賛否を巡って名護市の行政と住民は二分。住民の意向を尊重して反対を表明した大田…
2022年9月4日
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大田昌秀:セットになっていく基地問題と経済振興
代理署名拒否を巡る法定闘争に敗れた大田は、基地の整理縮小と経済振興を政府に要望。1996年12月にSACO最終報告書が合意され、普天間飛行場を含む5002ヘクタ…
2022年8月28日
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大田昌秀:県内移設ありきの普天間返還合意
米兵による少女暴行事件に対する日本政府の対応に失望した大田昌秀は、知事が地主に変わって軍用地の強制使用を認める代理署名を拒否。県と政府との駆け引きは、村山富市政…
2022年8月21日
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大田昌秀:戦後50年の平和行政
糸満市の沖縄戦跡国定公園に「平和記念資料館」や「平和の礎」をつくり平和行政を推し進めた大田は、94年の知事選で再選を果たす。折しも中央政界では非自民連立の細川政…
2022年8月14日
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大田昌秀:12年ぶりの革新県政
革新陣営に請われ知事選に出馬した大田は、西銘に3万票差で勝利し、第4代沖縄県知事に就任した。12年ぶりの革新県政となったが、安定的な県政運営のために副知事に保守…
2022年8月7日
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大田昌秀:問い直した「沖縄・沖縄人」
沖縄研究の道へ進んだ大田は沖縄住民の「事大主義」と日本政府の「同化政策」の歴史を踏まえ、日本復帰にあたって本土と沖縄の「双方の自己変革の結果としての自立」必要だ…
2022年7月31日
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大田昌秀:「学者知事」の原点となった沖縄戦
1990~98年まで第4代沖縄県知事を務めた大田昌秀にとって原点ともいえる経験となったのが、少年兵として戦った沖縄戦である。ある兵長の言葉が、後に学者の道を歩む…
2022年7月24日
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西銘順治:幕を閉じた3期12年の「保守県政」
1986年に3選を果たした西銘は、相次ぐ基地関連の事件を受けて再び渡米し、「移設なき返還」を求めた。しかし、冷戦終結を受けて始まった基地の整理・縮小は十分とは言…
2022年7月17日
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西銘順治:「米国にとってプラス」と評価された「保守県政」
日本復帰から10年を迎えた1982年、西銘順治は知事選に再選するも、県民の基地問題への反発は高まっていった。そこで講じたのが、米政府高官との直接対話という奇策。…
2022年7月10日
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西銘順治:巧みに利用した「基地問題」というカード
第3代沖縄県知事に就任した西銘順治は、第2次振興開発計画の策定を通してその政治力を発揮していく。時に基地問題を交渉カードとして利用する西銘の手法に日米政府も一目…
2022年7月3日