災害対応は発災前から始まっている
今年11月、防災庁が発足する。議論の多くは司令塔機能の強化に向けられているが、筆者の見立ては少し違う。日本の災害対応の急所は中央の司令塔ではなく、現場に立つ自治体の「動ける能力」にある。防災庁の真価は、その能力形成をどこまで支えられるかで決まる。
直近の三つの災害――2024年能登半島地震・2026年熊本地震・2026年千葉豪雨――を見直すと、自治体に求められる能力が見えてくる。計画を実行に移す「実行能力」、過去の失敗を制度に変える「学習能力」、被害の前に動く「予見能力」。そして三災害を貫いて問われたのが「国を使う力」である。この四つが、自治体の「動ける能力」の中身である。本稿では四つの能力を検証し、防災庁と防災大学校(仮称)に期待される役割を考えたい。
「災害対策基本法」は「市町村」を地域防災の基礎的主体と位置づけ、「地域防災計画」を作り毎年見直す責務を課している。そこには避難や救助だけでなく、訓練や物資の備蓄・調達・輸送までも含まれる。「都道府県」は市町村を支援して広域調整を担い、「国」はその両方を支える。
自治体の災害対応は、発災の瞬間に始まるのではない。平時における危険の把握・備蓄・民間との協定・受援体制の整備、そして訓練。ここまで含めて災害行政である。発災後だけを見るのは、法制度が予定する「責任体系」の半分しか見ていないことになる。
能登が示した「実行能力」――計画があることと動けることは違う
石川県は2007年にも能登半島地震を経験し、検証を経て地域防災計画を改定した。「受援計画」や「広域物資輸送拠点」を定め、トラック協会などとの「協定」や「物資調達・輸送調整等支援システム」の導入も済ませていた。もし「石川県は何も準備していなかった」と2024年地震を評価するならば、それは正しくない。県自身の検証で明らかになったことは、物資供給の「訓練の未実施」、県職員の基礎知識やシステムへの「習熟不足」であった。受援でも「想定を超える機関」が県庁に集まり、執務スペースや情報共有に問題が生じた。
マニュアルや制度の存在と、組織が実際に動けることは別ものである。筆者が危機管理の授業で必ず教えることがある。計画(Plan)・訓練(Do)・検証(Check)・修正(Act)、いわゆるPDCAの繰り返しによって初めて、書面上の計画は「組織の行動様式」になるということだ。実行能力とは、例えば「夜間」でも協定先に連絡して物流を動かし、「担当者が異動した後」もシステムを使いこなし、「数百人の応援職員」が来ても仕事を割り振れる状態を指す。
さらに大災害への対応は計画どおりには進まない。だから重要なのはPlanそのものではない。状況を把握し直し、優先順位を変え、外部支援を取り込んで計画を作り直す「Planning」である。強い自治体とは、完璧な防災計画を持つ自治体ではなく、想定が崩れた時に「自ら計画を組み替えられる」自治体である。
熊本が示した「学習能力」――10年前の失敗を制度に変える
熊本県は2016年の地震後、受援体制を見直し、マニュアル整備と訓練を重ねた。その成果は今回の初動に表れた。7月28日16時27分の発災に対し、県知事は17時30分に陸上自衛隊へ災害派遣を要請し、要請は同時刻に受理された。最大約10万8000戸の断水も、発災からちょうど1カ月の8月28日に解消した。「発災1時間での派遣要請」と「1カ月での通水」。この初動と応急復旧に限れば、見事な立ち上がりと評価してよい。2016年には県・市町村の受援体制が混乱し、支援ニーズの把握に課題が残った。今回の速さは、その教訓が制度と手順に落とし込まれていた証しである。
しかし重要なのはその先で、「要請の速さ」と「需要を把握し続ける力」とは同じではない。検証すべき点は三つある。「受援」は今回機能したか。「市町村」は必要な支援を県や国へ要求できたか。「県」は国の予備費や各種制度を使いこなせたか。その答えによって、失敗が記録に残っただけか学習能力に転換されたかが分かる。
千葉が示した「予見能力」――被害の前に動けたか
8月13日夕方から14日未明、千葉県内で線状降水帯による豪雨が相次ぎ、22市町に大雨特別警報が発表された。千葉・茨城両県で約40万人に避難指示が出され、成田空港では約7000人が滞留した。冠水した道路では約2700台の車両が動けなくなった。県と千葉市は14日朝、災害対策基本法に基づく「区間指定」で緊急車両の通行を確保し、車両の撤去に着手した。想定外の事態を前に発災翌朝には法制度を使って動いた。この「初動」も評価に値する。
地震と違い豪雨には「予見可能性」があり、気象庁は線状降水帯を半日前から予測し呼びかける仕組みを運用している。だから検証すべきは、被害後の対応だけではない。県と市町村が「降雨の危険」をいつ把握し、「冠水や交通停止」をどこまで予測し、「避難所や帰宅困難者対策」をいつ発動したか。これらを時系列で追うことである。危機管理では、被害後の応急対応だけでなく、事前準備が問われる。
「国を使う」ために――予備費と補正予算の時間軸
三つの事例を並べると、「実行・学習・予見」を貫く第四の能力が浮かび上がる。「国を使う力」である。能登の受援の混乱は、集まった国や他自治体の力を受け止めきれなかったということである。熊本の1時間での派遣要請はこの力が制度化されていた証拠であり、千葉の区間指定は法制度という国の道具を発災翌朝に使った例である。三能力はいずれも、国を使う場面で試されていた。
巨大災害は、市町村だけで処理できるはずがない。強い自治体とは何でも自前でできる自治体ではなく、自らの限界を判断したうえで「何が・いつまでに・どれだけ」必要かを具体化し、県・国・民間の力を引き出せる自治体である。つまり地方自治とは、国に頼らないことではなく、「国を適切に使えること」でもある。そして11月以降、自治体が使うべき国の「窓口」こそが「防災庁」になる。
国を使うには、国のカネの仕組みを知らなければならない。発災直後の数週間は、必要な支援の全体像が誰にも分からない。需要は水・食料・医療から始まり、やがて仮設住宅や産業の再建へ移っていく。自治体がそれを具体的に示せば、所管省庁は既定予算や予備費で機動的に対応できる。補正予算の成立を待つ必要はない。