<span>FTの論考から検証する「終末論的ファシズム」の“解毒剤”は「ニューディール政策」なのか</span>
zabanski / shutterstock.com

急激な気候変動や社会的な分断、戦争などによって文明崩壊が避けられなくなった時、一部の特権階級やエリートだけを“箱舟的”に生き残らせ、その他の人間は切り捨てて致し方なし――。テック右派や宗教右派の一部が共鳴する「終末論的ファシズム」と呼ばれる思想だ。ともにカナダ出身の作家であるナオミ・クライン氏と、ドキュメンタリー映画監督のアストラ・テイラー氏は、この「終末論的ファシズム」を批判したうえで、その解毒剤として社会民主主義的なニューディール政策を主張するが、果たして本当にそれが正解なのだろうか――?

世界の破滅が不可避だという前提

「終末論的ファシズム」という言葉があちこちで聞かれるようになってきた。背景として考えられるのは、先進諸国における極端な格差の拡大(白人中間層の没落)への強い不満、そして気候変動の激化、核戦争の現実的な切迫、AIの暴走への懸念などにより、人類が絶滅するかもしれないという“世界終末”への不安である。

 このような大衆の不満や不安は、人々を宗教に傾斜させ、強力な指導者への渇望を生む。それに乗じて一部の富裕層や権力者が、“自分たちに任せれば問題を解決できる”と喧伝し、大衆の支持を得て、独裁的な権力を強める。

 こうした政治的な動きを「終末論的ファシズム(End Times Fascism)」と呼ぶらしい。

 終末論的ファシズムが単なるファシズムと違うところは、問題解決ができると言って権力を握った独裁者たち自身も、実は問題解決ができないことを前提に行動しているということだ。

 独裁的権力者たちは、世界の破滅が不可避だということを前提にして、自分たち(だけ)の生命と財産を守るために要塞化した島などの隔離領域を作ってそこに閉じこもったり、火星へ移住したりすることを計画する。自分たちが支配する国家や世界を復興し発展させるのではなく、国家や世界が滅びることを前提に、一部の超富裕層だけが生き残ることが目的となっているのだ。“自分たち”に含まれない“その他”の99.999…%の人たちは、最終的にはただ見捨てられるのである。

フランクリン・D・ルーズベルトの「ニューディール政策」再び?

 こうした終末論的ファシズムに対する批判記事が、9月5日に英国の経済紙『フィナンシャル・タイムズ』に「再放送か続編か:終末論的ファシズム」と題して掲載され、話題になっている。執筆者は9月15日に『End Times Fascism: And the Fight for the Living World(未邦訳、直訳すると“終末論的ファシズム:そして我々が生きる世界のための闘い”)を上梓した、ナオミ・クラインとアストラ・テイラーである。

おすすめの記事

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

注目の特集

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

おすすめの電子書籍

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

おすすめの動画

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

ニュースレターを購読する

新潮QUEは、「問う力」を養っていくためのサブスクリプションサービスです。

無料登録する