<span>「グローバル化」と「アメリカ型リベラリズム」が日本を窮屈にした コンプライアンスの過剰な拡大はなぜ起きたのか</span>
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「グローバル化」と「アメリカ型リベラリズム」が日本を窮屈にした コンプライアンスの過剰な拡大はなぜ起きたのか

2026年10月2日

なぜ日本社会はこれほど“正しさ”に敏感になったのか。佐伯啓思・京都大学名誉教授は、その大きな要因として、1990年代半ば以降に進んだ「グローバル化」と「アメリカ型リベラリズム」の浸透を挙げる。企業を一律の尺度で評価するグローバルスタンダードと、多様性や平等を掲げる規範。その流入によって、日本社会がかつて共有していた価値観や常識が見えなくなったという。過剰なコンプライアンスの背景にある日本社会の変容を読み解く。

共同体としての企業文化が崩れていった1990年代

 近年、企業などのコンプライアンスが非常に厳しくなっているという話はよく聞きます。なぜ、企業のコンプライアンス意識は強くなってきたのでしょうか。

 まず、大前提として、法律を遵守するというのは当たり前のことです。ところが現在は、単に法律を守るというだけでなく、そこに社会的規範や企業独自のルールのようなものが付け加わり、その範囲がどんどん拡大している。たとえば学校で児童を「さん付け」で呼ぶとか、企業で男女があまり親密に話をしないようにするといったことは、別に法律で定められているわけではありません。

 しかし、そうしたことが守られていないと「その組織は良くない会社だ」「時代遅れだ」というイメージが形成される。結局、法律遵守というよりも、「私たちは適切な規範に従っています」という社会的イメージを示すことが重要になっている。そのイメージが悪化すると組織は社会的批判を受けてしまう。つまり、それだけ社会的圧力、ある種の同調圧力が強くなっているということです。

 なぜそうなったのか、はっきりとは分かりませんが、考えられる理由はいくつかあります。

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