歩くスピードや表情から瞬時に見極める
国会内の国対部屋前、赤じゅうたんが敷かれた廊下の壁には、かつて白い帯状のラインが床と水平に走っていた。ちょうど腰の高さにあるラインは、部屋に出入りする議員を待ち受ける政治部の記者たちが、壁に寄りかかっている際に出来るお尻で擦れた跡だ。(現在は、塗料が汚れが付きにくいものに変わったのか、あまりその跡は目立たない)
各政党の国会対策委員会(国対)の動きを追う「国対番」記者の一日は長い。早朝の議員宿舎で議員の出勤を待ち、時には国会までの車に同乗させてもらう「朝駆け」、会食を終えて帰宅する議員、特に酒で気が緩んだところを狙う「夜討ち」など、国対族に常に張り付く拘束時間の長い取材スタイルから、昨今政治部を志望する若者が減っている要因にもなっているという。
議員側は、密室での与野党国対間の協議の進捗状況、自党の作戦や相手の出方を逐一記者には解説しない。国対番には、部屋から出てきた議員の歩くスピードや表情の硬さ、ため息や記者を無視する度合いといった微細な変化から、協議が揉めているのか、それとも裏で合意(手打ち)したのかを瞬時に見極める習性が身につくようになる。
国対委員長はじめ議員側もメディア対策を重要視している。立憲民主党の国対委員長在任時、ワンフレーズを意識したという辻元清美は、「安倍政権の底が抜けた」「疑惑のもぐら叩き」といった印象的な“コピー”で政権与党を非難した。年金の「老後2000万円問題」を巡る政府側の対応をかばう自民党の森山裕国対委員長を「ヘリクツ、ヘリクツ」となじった様子が報道されると森山事務所には抗議電話が殺到し、後日、森山から「昨日のヘリクツは痛かった」との応対があったという。どうすればメディアが食いつくか趣向をこらすことも国対の任務だ。
森山委員長は、昼時には国対部屋を離れ議員会館の自室にて昼食を食べるのが日常のルーティーンだった。国会内から議員会館までをつなぐ地下廊下を移動する数分間、番記者は森山を一斉に囲みながら集団で移動するが、森山事務所では番記者たちにも昼食がふるまわれるという。委員長に付いて事務所に入室すると「ネバネバ丼とあんかけ焼きそばどっちがいい」などと秘書に尋ねられ、手慣れた流れで昼食が用意される。時に十数人の番記者を伴い、まさに「同じ釜の飯を食う」昼食懇。記者にとっては最新の情報や議員の本音を引き出す重要な取材現場であり、議員側にとっても与野党の反応等の情報収集や記者との信頼関係を築くwin-winの機会である。
だんご3兄弟
1999年の自自公連立政権発足時、緊密な連携で連立政権の基礎作りと政権運営を主導したのが、古賀誠(自民党)、二階俊博(自由党)、草川昭三(公明党)ら3党の国会対策委員長だ。当時のヒットソングになぞらえて「だんご3兄弟」、時には「談合3兄弟」と呼ばれた。連立政権が発足する直前には、小渕恵三総理と公明党の神崎武法代表が密かに複数回トップ会談を行ったというが、古賀たちはメディアの注目を逸らすために、敢えて国対委員長会談を同時刻に開催し、番記者たちを欺いたという。古賀のメディアを巻き込んだ情報戦は秀逸だったと語る政治部記者は多い。