ある読書会で、オルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』を読んだのは、3年前のことだった。その時、オルテガが見たのと同じような光景が眼前に立ち現れる可能性が、念頭になかったわけではない。しかし、実際に起こってみると、1930年代が再現したかのような光景は、ひどくシュールレアルだった。映画で何度も見たような光景が、実際に自分の眼前でくり広げられているのは、とても奇妙な感覚だった。30年代初頭の人々も、こんな感覚だったのだろうかと、何度も自分に問うていた。
「ポスター・ボーイ」を囲む「普通の市民」
ザクセン・アンハルト州の小さな町、ナウムブルク(人口3万2000人)の市庁舎前広場で、ドイツの極右政党AfD(ドイツのための選択肢)の集会に集まった人々は、老若男女、実に多彩だった。一般に持たれている、貧しい労働者階級の若い男性、といったような固定イメージではとてもとらえきれない、絵に描いたような中流階級の子供連れ家族も多くいた。州首相候補のウルリッヒ・ジークムントとスマホで写真を撮るため、長蛇の列に並んでいるのは若い女性も多かった。「ポスター・ボーイ」と言われ、さわやかなイメージと甘いマスクでブームを巻き起こしたジークムントは、2時間の集会の間ほとんどテントの下で写真撮影に応じていた。その間、6~7人の地域候補者や応援者がそれぞれ演説を行い、外国人追い出し(レミグレーション)や、「ドイツ人のための政治」、「ドイツ人のための教育」などを求めて気勢を上げていた。
「毎日何千人でも飛行機に乗せて、追い返してやる!」
と叫ぶ演説者に広場を埋め尽くしたドイツ人が大歓声を上げ、ドイツ国旗を振り回しているのを見るのは、その場にいた数少ない外国人としては、決して心地よいものではなかった。ジークムント自身は、最後の10分にやっと登場し、それほど過激なことは言わず、「やっとこれから生活が上向きになる!」「歴史を変えよう!」「我々となら、なんでもできるんだ!」と元気の出る決め台詞をくりかえして去って行った。
広場の風景は、おそらくこの100年、そんなに変わっていないだろう。教会の塔も変わらずそびえ立っていたはずだ。3年前に『大衆の反逆』を読んで、「(オルテガに)この時代の大衆はどういうものかという“分析”はあっても大衆の置かれた状況に対する“共感”が抜け落ちている……これまで信じていた世界が激変する時代を生きる大衆への共感が見受けられない」と述べた(『常夜の読書会』(潮出版社、2026、p.20)。大衆は理由なく反逆はしない。その理由を理解せずに、ただ現象だけを批判しても、対策は出てこない。ナチスに投票した多くのドイツ人は、1923年ハイパー・インフレで貯蓄が消え去ってしまった後、やっと生活が上向いたかと思う間もなく押し寄せた金融危機、世界恐慌下で、生活に行き詰まり、既存政治層に絶望した普通の市民だった。しかし、オルテガは彼らを、文化を知らない野蛮人と糾弾した。そして、今回AfDの伸長を目にした多くのドイツ・エリートの反応は、かつてのオルテガ同様だった。