カルチャー

パランティア、アンドゥリル――なぜ“テック右派”は『指輪物語』を社名にしたがるのか

2026年10月9日


<span>パランティア、アンドゥリル――なぜ“テック右派”は『指輪物語』を社名にしたがるのか</span>
Juan Alejandro Bernal / shutterstock.com

米テック企業のPalantir(パランティア)、Anduril(アンドゥリル)の社名が、J・R・R・トールキーンの『指輪物語』のアイテムに由来することは、今となっては知られた話だ。データ分析と防衛テクノロジーを手がけるIT企業が、なぜファンタジー小説の固有名詞を掲げるのか。背景にあるのは、ピーター・ティールをはじめとする“テック右派”と呼ばれる人々の、『指輪物語』への深い傾倒がある。しかし、「『指輪物語』は1960年代のヒッピー文化と結びついた“左派の古典”という印象も強かった」とライター・翻訳家の森瀬繚氏は指摘する。なぜ、1つの物語が、正反対の政治的立場から読まれるようになったのか──その歴史的文脈を解きほぐすことが、テック右派の世界観を理解する鍵になるという。

エルフの言葉で「遠くから見張るもの」を意味する

 AIのビジネス進出や、中東やウクライナにおける無人兵器の応酬に絡んで、近年、Palantir TechnologiesやAnduril Industriesといった、欧州各国の言語の語彙とは異なる、奇妙な響きの名称を掲げたIT企業が、しばしばニュースメディアを賑わせている。つい先日にも、過去最高の増収増益を更新したPalantir Technologiesの決算が、大いに話題になったばかりだ。

“奇妙な響き”と書いたが、これらの名称は、ある種の人間にとっては決して耳慣れぬものではない。「Palantir」も「Anduril」も、本邦のエンタメ業界においてはしばしばファンタジーの元祖(※1)と見なされ、今世紀頭に映画『ロード・オブ・ザ・リング』三部作が公開されて大いに人気を集めたファンタジー小説、J・R・R・トールキーン(※2)の『指輪物語 The Lord of the Rings』──ひいては、その背景となる人工的な神話世界“中つ国(ミドルアース)”に由来するワードなのである。

 Palantir(最新の邦訳書籍では「パランティール」)というのは『指輪物語』に登場する魔法の道具で、上のエルフ(ハイエルフ)の言葉で「遠くから見張るもの」を意味する。全部で7つあって、覗き込むことで遠方の石と交信し、映像や音声を伝達することができる。通信のみならず国境の警戒にも用いられたとされるので、機能や用途だけを考慮するなら、データ分析や防衛の技術を主業務とする企業の名前として、たしかに相応しいと思えるかもしれない。

 ただし、『指輪物語』に実際に登場するパランティールは、いささか不吉な存在だ。作中時期において、この石は自由陣営の大敵である冥王サウロンの強い影響下にあった。冥王はこの石を介して敵国の指導者をコントロールし、あるいは内通者と密かにやり取りを続けていたのである。なぜ、敢えてこの名前を選んだのか──その露悪的な言葉選びの動機については、本稿の後編において、1つの回答を示すつもりだ。

 Anduril(最新訳では「アンドゥーリル」)についてはストレートで、『指輪物語』の主人公格のひとりであり、冥王サウロン率いる闇の軍勢に相対する国々のリーダーとなるアラゴルンが携える剣の名前だ。前述のパランティールを介し、アラゴルンがこの剣を掲げるのを目にしたサウロンは大いに震撼する。なぜなら、その剣はかつて、彼のパワーの源でもあった“一つの指輪”ごと、彼の指を切り落とした剣そのものだったのだ。

(※1)この表現は、実のところ正確な評価とは言い難いのだが、そのあたりを詳しく説明することは本稿の主旨ではない。

(※2)筆者が「トールキーン」の表記を採用するのは、トールキーン教授の以下の書簡に基づく。
「I am nearly always written to as Tolkein (not by you): I do not know why, since it is pronounced by me always -keen.」
「私の名前はしょっちゅうトルケインと書かれます(あなたは別)。私自身は常にキーンと発音しているのに、どうしてでしょうね」(1972年12月17日付R・ジェフリイ宛書簡)

1970年代には既に神話や伝説から取られた社名や製品名が

 実のところ、コンピュータ・テクノロジーを扱う企業が、神話や伝説に関係のある社名や製品名を掲げることについては、1970年代に遡る伝統がある。特に有名なのは米 Oracle Corporation(設立時は Software Development Laboratories(SDL))の主力製品である商用リレーショナル・データベース管理システムOracle Databaseだ。

 現代英語の「Oracle」は、どちらかといえば異教的な神からのメッセージ、すなわち神託を意味する言葉であり、そうした言葉を媒介する神官や預言者の呼称でもある(※3)。

 1995年に発表された米Borland Software Corporationの開発言語Delphiの名前は、古代ギリシャにおけるデルポイの神託所から採られたものだが、これは当初、Oracle Databaseの動作しているサーバに接続するソフトのプロジェクト名として選ばれたものだった。

 1990年代にカーネギーメロン大学で開発されたネットワークフローの監視システム Argusは、「Audit Record Generation and Utilization System」の頭文字をとったものではあるが、その実、ギリシャ神話に登場する百目の巨人アルゴス(Argusはラテン語形)が先に立ったネーミングであったことは疑うべくもない。他にも、少し調べればこのような社名・製品名がいくらでも見つかるはずだ。

 今世紀に入ってから急に目につくようになった、トールキーン由来のネーミングは、このような伝統の延長上にあるとも言えるのだが──必ずしもそれだけのこととは言い切れぬ、ある種独特の空気感が漂っているように思われる。

(※3)Oracleという製品名自体は、創業者たちが前職で関わっていたCIAのプロジェクトから採られたものだと説明されている。

“トールキーン系企業”にはJ・D・ヴァンスの会社も

 ここで、筆者がまとめた表をご覧いただきたい。

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