<span>「簗和生問題」がこれまでの政治家の“舌禍”と決定的に異なる理由</span>

政治家の不適切発言は、これまでもたびたび批判を浴び、辞任に追い込まれるケースもあった。今回の「簗和生問題」も、単なる失言や舌禍として片づけられるものではない。発言の背景にあるのは、選挙での得票を行政予算の配分と結びつける政治姿勢だ。過去の事例と何が同じで、何が決定的に違うのか。高市政権への影響も含め、政治ジャーナリストの青山和弘氏が、その本質と問題点を語る。

 今回の件は不倫のようないわゆる“スキャンダル”とは全く異なる、政治家の姿勢そのものの問題です。国民に対する予算配分のあり方に関わる問題なので、政治家個人の政治資金の問題よりも意味が大きいと考えています。

 簗氏は選挙期間中にも「自民党議員がいなくなれば予算がガクッと減る」「無所属議員は何もできない」といったことを言っていますから、ある意味一貫した政治姿勢がうかがえます。簗さんは予算をバックに有権者を堂々と恫喝をしても恥ずかしいと思わない政治家なのでしょう。 大臣はもとより、政治家としての資質も問われます。

 例えば2022年11月、葉梨康弘法務大臣(当時)が「法務大臣は死刑のハンコを押すだけの地味な仕事だ」という趣旨の発言をして辞任しました。間違いなく不謹慎な発言ではあるのですが、本人は冗談のつもりだったでしょう。 2025年5月江藤拓農水大臣(当時)の「コメは買ったことがない」もそうです。それでも二人とも更迭されました。

 一方で、今回の簗農相の発言は冗談を言ったのではありません。予算を使ったあからさまな報復行為を宣言したのです。実際に簗氏の働きかけによって道路予算に影響があったかどうかは別としても、この発言は国民の代表である政治家としてはあるまじき発言ですし、高市首相がこれを放置することは、高市首相の政治姿勢まで疑われると思います。

 高市首相はこの発言が報じられた当初は明らかに危機感が薄かったように思います。周囲には「なんでこんなことになっているんや」などと強い不快感は示していたということですが、発言撤回と謝罪は明らかに後手に回りました。これには自民党幹部でさえ「安倍・菅コンビだったらとっくに更迭していた」と嘆いています。

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