<span>パトリック・デニーンはなぜ家族という視点で「ヴァンス」を語るのか――カトリック思想からポスト・リベラリズムの行方を読み解く</span>
写真:Rawpixel.com/shutterstock.com

J.D.ヴァンス副大統領の思想にも強い影響を与えるという政治学者パトリック・デニーン氏。この6月に来日した際には日本の教育現場にかつてあったアメリカの理想形を見たと語り、デニーン氏への注目度が日本でも高まっている。来日時にはデニーン氏との対談も行った京都大学名誉教授の佐伯啓思氏が、彼の思想と目指すアメリカ像を読み解く。

デニーン氏がにじませるヴァンス副大統領への期待

 デニーン氏とは先日、国際交流基金の招聘で来日された際に対談の機会を得ました。世界的な注目を受けた彼の著作『リベラリズムはなぜ失敗したのか』は私も読んでいて、専門書ほど堅くなく、かといって一般向けの啓蒙書でもない、自分の言いたいことを書き連ねた面白い本だと感じていました。

 同著では、過激とも言えるほどにリベラリズムに対する批判が繰り広げられます。彼にとってのリベラリズムとは何か。それは、人間を家族や地域コミュニティなどの共同体的な制約から解放し個人の自由を最大化する思想的な枠組み、といった非常に広範な意味を持ちます。そして、リベラリズムはその理念に忠実であるがゆえに失敗したと痛烈に指摘する。

 その筆致もあって、少し論争的な人なのかと対談前には思っていたのですが、実際に対談してみると、非常に気さくで穏やかな方です。デニーン氏は信心深いカトリックということもあるのか、特に論争好きな感じもありません。

 デニーン氏の基本的な主張は、プロテスタントとカトリックを比較したときの両者の違いにも関わっています。プロテスタントは個人主義的・合理主義的であり、全体への配慮よりも自分の信念を持って事を進めていく傾向が強い。それに対してカトリックは、世俗の生活、共同体、家族、親族、儀式などの教会を中心とした人間の集まりや共同体の習慣を大切にする。個人の倫理よりも、人々が一緒に集まって生活する際の道徳観、礼儀作法、思いやり、寛容さ——こうしたカトリック的な価値観こそが重要だとデニーン氏は考えます。

 言い換えれば、今日のアメリカは、プロテスタント的な個人主義や合理主義、資本主義などが行き過ぎている。そして、バラバラになってしまった共同体を再びまとめるために、家族を中心に考え、近所で困っている人がいたら互いに助け合うといったコミュニティをもう一度復活させたい、という気持ちを持っているのでしょう。

 このデニーン氏の主張に影響を受けているとされるのが、アメリカのJ.D.ヴァンス副大統領です。対談ではヴァンス氏との関係にも踏み込みましたが、やはりデニーン氏も彼に強い期待を持っているという印象を受けました。彼が言うに、カトリック教徒の自然な立場とは、「左派が持つ平等主義的な経済政策」と「右派が持つ伝統主義や道徳の重視」であり、これを結びつける可能性を秘めるのが“J.D.ヴァンスの共和党”である、と。

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