<span>フランス経済を危機に晒したジョン・ローの錬金術「ミシシッピ・バブル」が現代に残す教訓</span>
ジョン・ローの肖像画(C)Everett Collection/Shutterstock.com

フランス革命の遠因とも称される1720年の「ミシシッピ・バブル」を引き起こしたスコットランド出身の金融家、ジョン・ロー。彼が推し進めた、紙幣と信用創造を使って国家債務を処理し、同時に経済を活性化させようとした社会実験を、単なる“詐欺”と片付けるべきではないだろう。現代の病理は、こうした歴史の教訓から学ばず、痛みを伴わない国家債務の調整として、一か八かの成長戦略が繰り返されることである。
※本稿は、BNPパリバ証券がクライアント向けに発行するレポートを基に再構成したものです。

“脱獄犯”からフランス財政の中枢へ ジョン・ローが見抜いていた貨幣の本質

 1671年、ジョン・ローはスコットランドのエディンバラに生まれた。父は金細工師(goldsmith)であり、貨幣や貴金属を扱う仕事などに携わっていた。一部の金細工師がそうであったように、金銀の預かりや、預かり証の発行を通じた金貸しなどの金融業にも携わっていた可能性もあるが、真偽は定かではない。ローは幼い頃から、金や銀が価値を持ち、それが貨幣として流通する世界を身近に見て育った。

 若いローは数学に秀で、確率とリスクを見抜く才覚を持っていた。その能力を最初に発揮したのは、学問の世界ではなく、賭博場だったと言われる。彼はカードや賭けを単なる運任せとは考えず、確率と期待値の問題として捉えていた。

 しかし、その人生は早くから波乱に満ちていた。1694年、ローは女性を巡る決闘で相手を死なせ、死刑判決を受ける。収監先から脱出した彼は、ヨーロッパ各地を転々としながら、オランダやイタリアの銀行や証券市場、公債市場を観察した。

 そこでローが見抜いたのは、経済活動を制約する要因が、必ずしも土地や労働力の不足だけではないことだった。土地があり、働くことが可能な人がいても、経済取引に使える貨幣や信用が不足していれば、経済はうまく回らない。商人は商品を仕入れられず、事業家は投資できず、労働者は仕事を得られない。金銀の量が経済活動を制約すれば、一国経済が持つ生産力を十分に発揮できないのである。

 1705年の著作『貨幣と商業』でローは、貨幣の本質はそれ自体が交換の目的となる富ではなく、財の価値を測り、交換を仲介する尺度であると論じた。金属貨幣が不足するなら、土地などの資産を裏付けに信用貨幣を発行すればよい。貨幣供給が増えれば金利が下がり、商業と投資が活発化し、遊休する土地や労働力が動き始める。

 現代の言葉でいえば、ローは、流動性の不足そのものが経済活動を制約することを見抜いていたのである。取引にはあらかじめ貨幣を保有している必要があるとする「キャッシュ・イン・アドバンス制約」理論に通ずる洞察である。貨幣は、金や銀などの貴金属だから使われるのではない。人々が支払い手段として受け取り、次の取引にも使えると信じるからこそ機能する。貨幣の本質は、金属の裏付けではなく、そこに刻印された信用にある。

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