<span>ゴジラはなぜ何度でも蘇るのか——核・アメリカ・敗戦という「戦後日本」の消えない傷跡を背負って</span>
(C)Japan Still / shutterstock.com

11月3日、山崎貴監督の新作映画『ゴジラ-0.0』が公開される。ゴジラというキャラクターは、なぜ誕生から70年以上も生き残ることができたのか。ゴジラシリーズの大ファンでもある片山杜秀さんが、1954年の第1作が描き出した日本人の葛藤、昭和後期の「怪獣プロレス化」の功罪、そして平成後期~令和にゴジラが再び注目されるに至った理由をひもとく。

自衛隊と同じ年に生まれた「反米・反核の申し子」

 ゴジラは、戦後の日本の歴史を担ってきたキャラクターだと思います。もちろん娯楽映画ですから、その時代その時代でみんなに通じるような価値観の中で作り変えられてきた部分はあるのですけど、日本人に刺さるテーマを背負っているからこそ、今日までシリーズが続いてきたのでしょう。

 第1作の『ゴジラ』が封切られたのは、1954年(昭和29年)11月3日。まだ敗戦から9年で、戦争の傷跡も生々しい時代です。アメリカのビキニ水爆実験(54年3月)で第五福竜丸が被曝、放射能の雨が日本中に降るというニュースと重なって、反米感情も反原水爆の気運もすごく盛り上がっていた。ゴジラはジュラ紀時代に生息していた古代生物の生き残りで、太平洋での核実験で放射能を浴びて突然変異を起こしたという設定でした。

 1954年11月といえば、対米従属を批判しソ連との国交回復を目指す鳩山一郎らが、日本民主党を立ち上げてもいます。親米路線の自由党・吉田茂内閣が総辞職したのが翌12月。翌年(55年)には吉田と鳩山の「保守合同」で自由民主党が結成される。一方で、『ゴジラ』公開4カ月前の7月1日には自衛隊が発足しています。そういう戦後政治の転換期に、ゴジラは生まれた。米ソ冷戦の下で第3次世界大戦が目前に迫っている。これから人類は、日本は、一体どうなるのか――? そういうすごくアクチュアルなテーマで作られた映画なのです。

 正体不明の怪獣が口から放射能を吐き、それによって国土が汚染される。そういった核の恐怖を、初代ゴジラはちゃんと追求していた。爬虫類はやっぱり哺乳類にとって根源的に怖いものですから、核兵器への恐怖がそうした視覚的な恐怖と結びつけられていました。

「怪獣プロレス化」による凄みの喪失

 ところが、ゴジラがヒットしたために続編がどんどん作られるようになり、『ラドン』や『モスラ』などの東宝の怪獣映画のシリーズも生まれ、やがて怪獣同士が戦う娯楽映画としてパターン化する。そして『キングコング対ゴジラ』(1962年)あたりになってくると、放射能汚染などの重いテーマがあまり前面に出てこなくなります。プロレスみたいな物理的な戦闘シーンの面白さに集中させるために、核の恐怖や反戦といったテーマがスクリーンから消えていった。

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