<span>求められるのは「正しい問いを立てられる人」――ノーベル経済学賞ダロン・アセモグルが指摘する「AIがもたらす格差」の本質</span>
ダロン・アセモグル氏 (C)REUTERS/Pontus Lundahl

「雇用破壊」が論点になることが多いが、AIが労働者にもたらす“残酷”の本質は別にある。従来以上に加速しうる経済格差のメカニズムと、こうした時代にこそ求められる「問いを立てる力」の重要性について、2024年にノーベル賞を受賞した経済学者ダロン・アセモグル氏が語った。(取材・構成 大野和基)

AIがもたらす「価値の移動」

 AIが急速に進歩するなかで、最も大きな問題の一つは、「AIによってどれだけの仕事がなくなるのか」ということだろう。しかし、この問いだけでは、AIが社会に与える影響を十分に捉えることはできない。重要なのは、AIが人間の仕事を単純に「代替する」のか、それとも人間の能力を「拡張する」のかという違いである。

 私の見方では、技術革新が必ずしも労働者の利益につながるわけではない。技術が生産性を上げても、その利益が労働者に分配されるとは限らないからだ。むしろ過去40年間のデジタル技術の発展を見ると、生産性が向上する一方で、所得格差が拡大し、労働者の取り分が低下してきた。私がAIについて警戒しているのは、AIがこの過去のパターンをさらに強力に再現する可能性があるからである。

 AIについて考えるとき、「医師がいらなくなる」「弁護士がいらなくなる」「記者がいらなくなる」というように職業単位で考えがちだ。しかし、実際には一つの職業のなかには非常に多くの異なる仕事が含まれている。たとえば医師は、患者の情報を検索し、検査結果を整理し、診断候補を考え、患者と会話し、治療方針を決め、家族に説明する。AIがそのうちの一部を極めて高い水準で行えるようになったとしても、「医師」という職業そのものが直ちになくなることはない。むしろ、医師の仕事の構成が変化する。これは教師にも、弁護士にも、会計士にも、研究者にも、ジャーナリストにも当てはまる。

 生成AIはすでに、検索、要約、翻訳、文章作成、コード生成、資料整理など、知的労働のかなりの部分を高速化できるようになっている。そのため、これまで人間が多くの時間を費やしていた「情報を探す」「整理する」「最初の案を作る」といった仕事の価値は相対的に低下していく可能性がある。その一方で、「何を調べるべきか」「どの情報を信用するか」「どの問題を設定するか」「AIの出した答えをどう評価するか」という能力の重要性はむしろ高まる。つまり、AIによって仕事が単純に減るのではなく、仕事のなかで価値のある部分が移動するのである。

 技術革新によって既存の仕事が自動化されると、それだけなら雇用が減って労働者にとってはマイナスになる。しかし、新しい仕事が生まれれば、そこに人間の労働需要が発生する。この違いは極めて重要である。

 たとえば、AIが企業の大量のデータを分析できるようになれば、「データを集計する」仕事の需要は減るかもしれないが、「AIが分析した結果を現場の状況と照合し、実際の経営判断につなげる」仕事の重要性が高まる可能性がある。

 電気技師を例として挙げてみよう。必要なのは、一般的な文章を上手に書くAIではなく、現場の写真、センサー情報、過去の故障事例、設備の仕様などを組み合わせて、「この設備では何が故障している可能性が高いか」を推測する専門的なAIである。このようなAIなら、電気技師を不要にするのではなく、電気技師の能力を高めることができる。介護、医療、設備保守、建設、製造、物流など、身体的な作業や人とのコミュニケーションを必要とする仕事では、AIが人間の専門知識を補助することで、一人の労働者が以前より広い範囲の仕事をこなせるようになる可能性がある。ここにAI時代の大きな可能性がある。

インタビューに応じたアセモグル氏(右)と聞き手の大野氏(左)

求められるのは「正しい問いを立てられる人」

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