「ヴィヴァルディ作戦」の大局的意味
ロシア・ウクライナ戦争で、9月にウクライナ軍の攻勢に成果があった。「ヴィヴァルディ作戦(Operation Vivaldi)」と呼ばれるウクライナ軍の作戦の成功によるものだとされている。ロシア軍は、2024年以降、着実に支配地を広げてきていたので、ウクライナが比較的広い範囲の領土を奪還したのは、珍しいことであった。
ただ、ヴィヴァルディ作戦が行われたのは、リマンというドネツク州北西部周辺にロシア軍が作っていた支配地の突出部においてであった。ロシア・ウクライナ戦争の戦線は、数千キロに及ぶ長大なものとなっているため、リマン周辺での動きは、全体から見ると、まだ局所的なものである。それでもロシア軍が、いわばあえて前のめりになって作り出していた突出部を、ウクライナ軍が多様な資源を体系的かつ集中的に投下することによって消滅させたことには、象徴的な意味はあるだろう。
軍事作戦の内容面からの「ヴィヴァルディ作戦」への関心が目立つ。たとえば、地上を移動する車両型の無人機(UGV: Unmanned Ground Vehicle)の活用が注目された。特に小型の自爆UGVを大型ドローンで空輸し、敵後方に降下させてから攻撃させる「カミカゼ(kamikaze)UGV」は、劇画的に取り上げられている。ただこれはかなり細かな戦術的動きの事柄だ。
「ヴィヴァルディ作戦」が成果をあげたからといって、ウクライナ軍の総合的な能力がロシア軍を大きく上回るようになった、とまでは言えない。ウクライナの奪回地域の面積が広かったのは、ロシア軍が、他の地域とは異なりリマン周辺ではあえて大きな突出部を作っていたからだ。そこで後方支援や補給路を断つと、突出部のロシア軍は一斉に後方に撤退せざるを得なくなった。
理解しておくべきなのは、ロシアはドネツク州北西部であえてリスクのある突出部を作っていたし、ウクライナは優先的な資源配分をして、あえてその突出部を潰しにかかった、ということだ。この状況を見て、大局的な視野から捉えておくべき重要な観察点の一つは、次のようなものだ。広範な面積で展開しているロシア・ウクライナ戦争において、その中核部分は、ドンバス地方にある、ということだ。
ロシア・ウクライナ戦争の中核としてのドンバス地方
この観察の意味は、軍事情勢のみならず、過去の政治情勢の展開を見ても、明らかである。2014年に発生したマイダン革命で、NATO(北大西洋条約機構)とEU(欧州連合)への加盟を目指す勢力が首都キーウで実権を握ると、ロシアはクリミアを併合する軍事侵攻に踏み切った。同時に噴出したのが、ドンバス地方で起こった分離独立運動だった。ロシア語話者が多く、ロシアとの文化的結びつきも強いウクライナ東部地域で、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国なるものの独立宣言が行われた。この動きを阻止するために展開したウクライナ軍と分離独立派との間で、内戦が発生した。実はロシア軍兵士が分離独立派を支援するために、ひそかに派遣されていたことは、その後しばらくしてロシアのウラジーミル・プーチン大統領が認め始めたことである。
それでも誰もが「内戦」とみなしていたドンバス戦争は、2014年・15年の2度にわたる「ミンスク合意」と呼ばれた停戦協定と、無数の停戦合意違反の軍事行動と29回もの停戦再開をへながら、低強度戦争として、続いた。2022年2月にロシアが全面侵攻を開始した時点で、ドンバス戦争はすでに終わっていた、と考えることはできない。