<span>仲の悪い国とは仲良くしよう</span>

「日露同盟が必要だ」。元老、井上馨が、駐日露国大使、マレフスキー=マレヴィチに言った。時は1910(明治43)年2月。日露戦争が終わって5年後。もう日露は怨み辛みを水に流していたのか。いや、相変わらず剣呑だった。日本は南下する露国を戦争で北満まで押し返した。露国の敷設した東清鉄道のうち大連から奉天を経て長春までの路線を獲得し南満洲鉄道と名付けた。清朝の国土の満洲で、日露は権益を深々と保持しつつ相変わらず睨み合っていた。露国は南満も朝鮮も諦めてはいまい。近くまた仕掛けて来る。元老、山縣有朋はそう主張した。備えねば! 軍備増強だけでない。露軍が南満に雪崩れ込むとき、日本本土から即座に大軍を送るには南満の大連港への海路に頼っては時間がかかる。朝鮮南端の釜山から奉天で南満洲鉄道に合流する鉄路を整えると早い。工事は1909年に始められた。

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