日本は厳しい安全保障環境におかれている。北朝鮮の核・ミサイルの開発と配備は着実に進んでおり、日本は既に北朝鮮の核ミサイルの射程内におかれているとみられている。中国も、質・量両面で急激な軍事力の近代化を進め、西太平洋での軍事活動を活発化させて台湾への軍事的圧力を強めており、台湾海峡有事のリスクが強く認識されるようになっている。
しかしいまの世界を見渡してみると、安全保障上の問題が噴出しているのは日本周辺だけでないことに気づく。2022年2月に始まったロシア・ウクライナ戦争は未だ続いており、前線だけでなくお互いの都市にまで攻撃が及んでいる。2026年2月末にはイランと米・イスラエルの間での戦争が始まり、イランはホルムズ海峡のタンカー通過を阻止して世界経済に大きな影響を与えている。
これらに比べれば、まだ戦争が起こっていないだけ日本周辺は「マシ」ではある。しかし同時に、戦争のリスクを身近に感じざるを得ない状況におかれていることもまた事実である。
ただし、これほどまでに戦争のリスクを感じるようになったのはここ5年から10年ほどのことである。もちろん冷戦終結後も民族紛争は起こっていたし、何より9.11テロ事件後のイラクやアフガニスタンでの戦争があった。しかし、大規模な国家間戦争に日本が関わるかもしれないというようなことはほとんど意識されてこなかった。
「戦争未満」の挑戦が主要な脅威だった時代の終焉
例えば、2010年前後から世界の安全保障を巡る議論で活発に取り上げられた概念にグレーゾーンやハイブリッド脅威がある。グレーゾーンは、日本において世界に先駆けて議論された概念で、2010年に策定された防衛大綱ですでに「領土や主権、経済権益等をめぐり、武力紛争には至らないような対立や紛争、言わばグレーゾーンの紛争は増加する傾向にある」と記されている。ハイブリッド脅威はヨーロッパを中心に議論が深められていった概念で、2009年にNATO変革連合軍司令部(ACT)が発表した『複数の未来シナリオプロジェクト:2030年に向けて(Multiple Futures Project: Navigating towards 2030)』最終報告書で言及され、公式な政策文書としては2014年9月にウェールズで開催されたNATO(北大西洋条約機構)首脳会議の宣言において、「ハイブリッド戦争の脅威(Hybrid Warfare Threat)」という言葉が用いられている。
この2つの概念の意味内容はほぼ共通しており、現状に不満のある国が、戦争に至らない形で現状変革を試みることを指す。ポイントは「戦争未満」のレベルで行われることであり、英語では武力行使の境界を下回るレベルでの脅威という意味で「サブスレッショルド(sub-threshold)脅威」と呼ばれたりもした。
実際、この時期には南シナ海で中国が人工島を作り始めたり、尖閣諸島を巡って日本との対立が深まったりするなど、グレーゾーンでの具体的な現状変革が強く懸念された。さらに2014年にはロシアがクリミア併合を強行し、アジアでもヨーロッパでも深刻な脅威として認識されるようになった。ただしこれらは文字通りの「戦争未満」の出来事だったのである。
しかし現実社会の展開は「戦争未満」では留まらなかった。2022年にはロシアがウクライナに侵攻した。中東でも2023年10月7日のハマスによるイスラエルへの大規模テロを契機に、イスラエルがガザに侵攻するなどいくつかの戦いが起こり、2026年2月末には米国とイスラエルのイランへの大規模空爆からイラン戦争が始まった。他にも、2026年1月にはアメリカがベネズエラを攻撃した。また、台湾海峡周辺では中国の軍用機が頻繁に海峡の中間線を越えるなど、世界全体で緊張が高まっている。