サウジアラビアがイエメンのフーシー派によるドローン・ミサイル攻撃の脅威に晒されている。
10月10日には首都リヤードの国際空港の出発ターミナルにミサイルが着弾し、13人が死亡、300人以上が負傷する被害が出て、空港は2週間にわたり閉鎖することになった。空港は10月25日に部分的に再開したが、これにより10月24日に予定されていた第2回EU(欧州連合)-GCC(湾岸協力理事会)首脳会合、そして10月26日からの開催予定だった中東最大の経済・投資会議である「未来投資イニシアティブ」が延期となった。このほか、自転車都市型の世界選手権、ゴルフのアジアンツアー「PIFサウジインターナショナル」の中止・延期等、11月以降に予定されていた多数の国際イベントの開催に影響が出ている。世界第19位の経済大国において、成田空港に匹敵する年間4000万人の利用旅客数を誇る空の玄関口が深刻な被害を受けたことは、これまで平和と繁栄を享受してきた湾岸産油国のイメージを大きく覆そうとしていると言えるだろう。
とはいえ、サウジアラビアの安全保障環境が剣呑さを帯びていなかった時期は、その歴史を通じてほとんどなかった。エジプトやイラク、イランといった野心的な地域大国に囲まれたこの国は、相対的に人口規模が小さく、強力な陸軍を擁する周辺国から軍事的な圧力を受けてきた。豊富な石油資源を有するものの、国家の近代化が実現したのは1970年代以降のことであり、経済力を国力に転換できるようになってからも日が浅い。それは世界最大級の武器輸入国になりながらも、中東の最貧国であるイエメンの民兵すらも掃討できないサウジアラビアの軍事的な「弱さ」として認識されてきたことと無関係ではない。
今日のサウジアラビアとフーシー派の対立の起源がサウジのイエメン介入の失敗の帰結に過ぎないのだとしても、自国の裏庭にあたるイエメンにおいてイランの影響力を強く受けるフーシー派が政治的実権を握ることを許容する選択肢はサウジになかったであろう。しかし、米国・イスラエルとイランとの戦争に端を発する地域情勢の流動化は、イエメン介入という負の遺産を抱えてきたサウジに深刻な安全保障上の試練を突き付けている。そしてホルムズ海峡危機がバーブ・マンデブ海峡危機へと飛び火していく中、湾岸地域の安全保障問題は日本にとってこれまで以上に他人事でなくなっている。