これまでに確立した演出方法を応用して
フランスの介護施設で理想の介護を追求するマリー=ルー(ヴィルジニー・エフィラ)と、進行がんを抱える舞台演出家の真理(岡本多緒)。二人の女性はある日偶然に出会い、対話を通じて急速に仲を深めていく。濱口竜介監督の最新作『急に具合が悪くなる』は、哲学者の宮野真生子と人類学者の磯野真穂の往復書簡集を原作に、奇跡のような関係を築く二人の女性の姿を描いた映画。第79回カンヌ国際映画祭ではコンペティション部門に正式出品され、見事最優秀女優賞(ヴィルジニー・エフィラ、岡本多緒)を受賞している。
俳優たちが、感情を込めずに台詞を読み合う「イタリア式本読み」。脚本には書かれていないそれぞれのキャラクターの来歴や過去の出来事を書いた「サブテキスト」の使用。濱口監督の映画作りは、まず俳優たちが役を掴んでいくまでのさまざまな準備作業を行うことにあり、長い準備期間を経て俳優たちは初めてカメラの前に立つ。今回、主演のヴィルジニー・エフィラをはじめ、フランスの俳優たちと、フランス語を主に使用しながら作った『急に具合が悪くなる』でも、やはり俳優主義ともいうべきこれまでの演出方法は引き継がれていたようだ。ただし、そこには新たな試みもあったと濱口監督は言う。
「基本的にはこれまでの演出方法をそのまま使いながら、黒崎(煌代)さん演じる智樹という役に関しては、少し例外的な方法を使いました。というのも、智樹は重度の自閉スペクトラム症を抱えている設定なので、他の役のように「本読み」を繰り返すための台詞はありません。代わりに、身振りや発声を基調とする彼独自の台詞をつくっていく必要があり、まずは黒崎さんやスタッフと一緒に自閉スペクトラム症の方々が入居する施設に通い、入居者のみなさんと接しながら、智樹の「台詞」をつくっていきました。
それと、自閉スペクトラム症の智樹の動きを映画としてどう描いていくかについては、ダンサーで振付家の砂連尾理(じゃれお おさむ)さんともいろいろと相談をしました。砂連尾さんとはこれまでもたびたび一緒に仕事をしていて、特別養護老人ホームで高齢者や認知症患者と踊る「とつとつダンス」を実践していたり、ダウン症や障害のある方々と一緒にダンスをする、という試みをされている方でもあります。この映画では、我々が「足裏ダンス」と呼んでいた身体表現の振り付けもお願いしました。
これはどの登場人物に関しても言えることですが、必ずしも脚本に台詞を書き、それを俳優が覚えることだけが役をつくるうえでのゴールではありません。台詞に代わる身振りや声を決めていきながら、同時に、智樹がどういう精神性を持っている人であるのかを、他の人物とはまた別のアプローチで黒崎さんと一緒に考えていきました」
日本の映画業界に感じた疑問から生まれたユマニチュードへの関心
俳優たちと共に長い時間を過ごし、演じる役がどのような人であるのかを掴んでいく。濱口監督の演出方法を聞きながら頭に浮かぶのは、劇中でマリー=ルーが介護施設で実践する「ユマニチュード」のことだ。
ユマニチュードとは、フランスの体育学者たちが生み出した認知症者のためのケア技法のこと。マリー=ルーは、自身が施設長を務める介護施設「自由の庭」でユマニチュードを実践し、認知症者や高齢者の介護ケアのありかたを変えていこうと模索する。
ユマニチュードの大きな柱となるのは、ケアを受ける相手の「人間らしさ」を尊重するという考え方だ。介護者は相手の目を見て話し、相手の体に触れながらケアをすることが求められ、足腰の弱った高齢者であっても立って移動することが推奨される。患者と一対一で向き合い、コミュニケーションを取ることを理想とするこの新しい介護ケアのあり方は、俳優たちとのコミュニケーションを何より重視する濱口監督の演出方法と近しく感じる。そもそも、濱口監督がユマニチュードに興味を持ったきっかけは何だったのか。
「ある時期、医学書院から出版されている『ケアをひらく』というシリーズをよく読んでいたんです。以前に手がけた『寝ても覚めても』(2018)でALS(筋委縮性側索硬化症)を扱うことにつながる、川口有美子さんの『逝かない身体―ALS的日常を生きる』を読んだり、熊谷晋一郎さんの『リハビリの夜』を読んだりするうち、ケアというものはどこかしら演出と近しいものがあるのでは、という印象が芽生えてきた。そして出会ったのが、別の出版社から出ていた『「ユマニチュード」という革命』という本でした。「ユマニチュード」の開発者であるイヴ・ジネストさんとロゼット・マレスコッティさんの技法や理念を日本で紹介するために出版された本なんですが、その本を読み、ここに書かれているケアの理念は、本質的に映画の現場での演出とも通ずるという印象を持ちました」